風邪の日のできごと

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「返事、しないね」 「眠っているのかな?」  ありえないが、部屋の外で誰かが話している。 「返事がないと入れないよ」 「そうだね。入れないね」  問うものと相槌を打つもの。  小さな声が語り合う。 「起きてもらわなきゃ」 「起きて。起きて」  またノックの音が響き出す。  コンコンコン。  コンコンコン。  コンコンコンコン、コンコンコン。 「起きないね」 「これじゃ連れて行けないよ」  連れて行く?  …俺を? どこに? 「早くしないと船が出ちゃうよ」 「起きてよ、起きて」  コンコンコン。 「返事がないと連れてけないよ」 「起きて。聞いて。返事して」  コンコンコン。  コンコンコン。 「もう、時間がないよ」 「船が出ちゃう」  コンコンコン。   コンコンコン。            コンコンコンコン。     コンコンコンコン。  コンコンコン。   コンコンコン。   コンコンコンコン。 コンコンコンコンコン。  コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン…   コンコンコンコンコンコンゴンゴンゴンゴンゴゴンゴゴン! 「ちっ! 起きやがらねぇ!」 「くそっ! 魂一つ取り損ねた!」  それきり音と会話は消えた。 * * *  数日で俺のインフルエンザは治ったが、熱に浮かされた幻覚だと思うには、この体験は妙に生々しくて、いまだに俺は誰にもこの時の話をしていない。  ドアの向こうで俺に呼びかけながら、必死にノックを繰り返していた、あの声の主達が何者なのか…判らないし、一生判らなくていいと思っている。 風邪の日のできごと…完
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