死骸と猫とレゾンデートル

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 私は街を歩きながら、また業務用の防腐消臭剤を身に纏いました。  歩く死骸の、それが最低限のエチケットだからです。  生きているのに死んでいる存在──私は歩く死骸で、幽霊のように透明な存在だと信じているからです。  ですから、ゾンビ映画を観ると、なぜか心安らぎリラックスするのでした。  この防腐消臭剤は葬儀業界で使う特製で、強力な腐敗臭に良く効くと評判なのです。  だからといって、葬儀関係者や納棺師ではありません。  私はその筋の関係者から、死番師(しにばんし)と呼ばれています。  いえ、正確には助死師、または助死婦と呼ばれる者です。  人が産まれるときに助産師が取り上げます。それと同じように、人が死ぬときにその傍らで死の恐怖を和らげる助けをする──それが助死師の仕事です。  もっとも、私の場合は特殊な助死師なので、死番師という二つ名を頂いた訳です。 「すみません──先程お電話を頂いた、助死師のナギサです」  玄関前でチャイムを鳴らすが、住人がドア前で躊躇する気配がしました。  おそらく、ドアの覗き穴から来客を確かめても誰も見えないからでしょう。  無理もありません。私は幽霊のように透明な存在だからです。  やがて──ガッチャ──とドアが開いて、やつれた顔の若い母親が出てきました。 「お願いします、娘のミナを、どうか、どうか救ってやってください」  母親が泣きついて私に訴えます。私はなだめながら、そのミナちゃんの様態を聞きました。
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