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「………!!」
何か言いかけた玲央さんからそっと離れた。
「立派な………お医者さんになってね」
何も持っていない私じゃ、玲央さんの仕事の支えにならないから。
「短い間だったけど、玲央さんと一緒に過ごせて心から幸せだと思えた」
あなたの温もりは決して忘れないから。
あなたと過ごした時間は私の大事な宝物だ。
愕然とする玲央さんの腕を引き無理やり立たせた。
「千咲、俺は………」
「お願い、もう………出て行って」
本当は出て行ってほしくない。
愛しているのはお前だけだって、抱きしめて欲しい。
一生私のものにしてこの部屋に閉じ込めておきたい。
そんな自分の気持ちは心の奥にしまい込むしかなくて。
「もうこの部屋に来ちゃだめだよ?」
玲央さんは婚約者さんと新しい家庭を築くんだから。
私の知らない世界で………幸せになってね。
絶対に。
立ち上がった玲央さんは肩を落としたまま玄関へと歩き始めた。
行かないでって、引き留めたくて………心と体がバラバラになりそう。
でもこれは互いのための別れ、だから………
靴を履くと玲央さんは私の方を振り返った。
眉を寄せ、私に懇願するような瞳で見つめられ、そんな心細そうな表情の玲央さんなんて見たことなくて、またも心がぐらぐらと揺れる。
でもそんな気持ちは押し込めて私はできる限りの笑顔を作った。
「今までありがとう………」
愛してたよ、という言葉は結局口に出さずに飲み込んだ。
───バタン。
ドアが静かに閉まった。
その音はとても切ない響きだった。
「………れ、お………さん………」
そのまま膝から崩れ落ちる。
涙も零しながら。
今は苦しくて仕方ないけれど、今日のことは後悔しない。
いつかまたきっと、この選択が最良の決断だったと思える日が来るから。
また心から笑える日が来るから。
辛いのは今だけ。
だから………今だけはたくさん泣こう。
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