3463人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
***side 玲央***
キッチンからいい匂いが漂ってくるのを俺の鼻が捉えた。
結局、今夜は外食はせず、千咲が簡単なものを作ってくれることになった。
ちょこまかとキッチンを動く千咲の後姿を眺め、俺はソファに寝転がった。
夕方になっても"帰るコール"一つない。
俺を放置する千咲にムカついてアパートの下まで出てみれば、まさかの男の車から降りてくる千咲を見て驚いた。
しかも、相手は千咲の同僚の………イケメン君。
一度、千咲の会社で会っているから顔は覚えていた。
なにせ、イケメンだったし(俺よりシズカが好きそうなタイプだけど)。
しかも愛の告白が始まるし………。
さらにはアホ千咲はそれに流されそうになるし………。
呆れた。
の一言に尽きた。
だいたい千咲のクセに、あんなイケメンに好かれるとか生意気過ぎるんだよ。
智志といい、同僚君といい、なんであんな地味女に惚れるのか気がしれない。
千咲はブサイクではないけどお世辞にも美人とは言えない。
スタイルも普通だし、色気なんて微塵もないし。
褒められるのは、一つだけ。
あいつの手料理はまぁ………悪くない。
初めて千咲の家に押しかけたあの日。
智志を諦めさせようと散々嫌がらせをしていた俺を大層迷惑そうにしていたにも関わらず、律義に俺の分の朝食まで準備していた千咲のお人よし過ぎる性格に呆れ果てた。
でも誰かが俺の為に作ってくれた朝食なんて久しぶりで………。
口に運んだ玉子焼きがかなり美味く感じた。
庶民感丸出しの朝ご飯が………やたらと美味かったんだ。
完食したあと、なんだか心のトゲトゲが少し丸くなって。
自分の人生を呪っていた自分がアホらしく感じた。
『こんな私でよければ………その………』
あの時千咲が雰囲気に流されそうになったのを思い出せば、少し焦りを感じた。
………焦る?何故だ?
何故こんな気持ちになるのかは分からない。
単純に千咲が誰かのものになるのが嫌だったんだと思うが………。
「………胃袋掴まれただけだ」
そう他に深い意味はない。
千咲の手料理が食べられなくなるのが嫌なだけだ。
最初のコメントを投稿しよう!