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「おう?お客さんかい?
ちょっと待っててくれ」
店の一番奥。
野菜や果物の並びが途絶え、段差になっている敷居の奥の部屋から、低く野太い男性の声が、大きく響く。
俺は言われた通り、八百屋に身体を向けて立って待ち、人質は果物や野菜を物色しながら、声の主を待つ。
「すまん、待たせたな」
そう聞こえて来たかと思うと、敷居の奥の部屋に、目測で2メートルはあると判断出来る程の、大きな黒い影が突然のっそりと現れた。
「ひぅっ」
人質はそれを目視した瞬間、尻尾と毛並みを全て真上へと立たせ、警戒態勢で即座に俺の背後へと隠れた。
これだけ離れていても伝わってくる。
圧倒的強者のオーラ。
イムホテプ国で一戦交えた聖騎士とは訳が違う格が違う。
本能が逃げろと、そう警告を出す程に。
「いらっしゃい。
なんの御用で」
遠くでデカイと感じた図体は、近付かれた事により、更に大きく感じ、上から押し潰されているような感覚さえ覚える。
視線は意思に関係無く下に落ちていて、本能が勝手に身体を操作している。
身体を動かす事が許されない。
「あれ?お姉さん?」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思ったその瞬間、突然と重苦しい空気や、身体を固められたような圧迫感は消え、身体の自由が利くようになる。
「こりゃあすまねぇ。
まさか、息子を助けてくれた恩人だとは知らず、飛んだ無礼を」
俺は自由になった身体を動かし、目の前の巨体の全貌を拝む。
毛むくじゃらの両腕と両脚。
服の上からでも分かる程の、満遍なく鍛え抜かれてパンパンに膨れ上がった、全部位の筋肉。
そして、かろうじて笑顔であるのは分かるものの、圧倒的に怖さのが勝っている、片目に一筋の傷跡が残った顔。
怖い人間の全てを詰め込んだような人間が、俺の前に佇んでいた。
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