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俺もそれに続き階段を下りようとしたところ、人質に服を引っ張られ、強制的に制止させられる。
何か用なのかと振り向くと、人質は俺の事を見ずに、ただ階段の先をジッと見つめ、身体を小刻みに震わせていた。
魔王城は日が昇っていても、ほぼ常に薄暗い為、夜になると真っ暗になる。
その中で問題無く生活しているので、暗闇が恐いという訳ではない筈だ。
となると、何に対して怯えているのかが検討がつかない。
「どうした」
「へ?」
人質は俺の声に気付くと、何事も無かったかのように、とぼけた顔で此方を向く。
その時には震えも止まっていて、手だけが俺の服の背を掴んでいた。
「行かなくていいんですか?」
「お前が止めたから行けなかったんだが」
「え?別に止めてませんよ?」
人質が不思議そうに首を横に倒す。
嘘をついている様子ではないようだ。
「じゃあその左手は」
人質は視線落とすと、肩、肘、手へと、ゆっくりと視線で辿り、目的地まで到着すると、自分の見ている光景が信じられないのか、何度も瞬きを繰り返した。
ようやく、自分の手が俺の服を掴んでいる事に気付いたようだな。
「…………なんですか?これ?」
「自分の左手だろ」
「…………幻術?」
「違う」
「またまたぁ……」
「違う」
「はははは……」
人質は笑顔から、ゆっくりと素の表情へと戻す。
そして、まるで自分の身体の一部とは思っていない、自分と繋がった別の生き物を見るような、恐怖の視線をジッと自分の左手へと浴びせ続ける。
「え?待って下さい。
この服離したら急に喋り出したりしませんよね?私の手。
やあ、ミーシャ。僕は君の左手だよ!とか無駄にフレンドリーに言い出しませんよね?
そんな事になったら、私フルーツ落としますからね?
フルーツ、床にぶち撒けますからね!」
どんな時でも食べ物優先なのな。
普通、先ずは自分の身体の安否を心配するだろ。
そもそも、そんな考えにすら普通至らないと思うが。
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