第1章

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第1章

「そんな……」  暗闇の中、光るパソコンの画面を凝視し、僕は青ざめた。  (落ち着け。どこか、数字を間違えたに違いない)  もう一度。キャッシュカードの番号とパソコンの数字キーを慎重に見比べ、確実に打ち込んでいく。  頼む。三度目の正直だ。祈りを込めて、enter。  ポッと、画面が切り替わった。 『お客様のカードは、既に解約済みです』  サァーっと、血の気が引いていく。  僕は今の一度だって、銀行の解約手続きをした試しがない。この銀行口座は貯蓄用で、預け入れこそすれ、一切引き出してはいない。  彼女、倫子さんとの新生活に向け、古い家電を一新しようと、断腸の思いで引き出しを決めたのだ。随分立っているからうる覚えだが、50万円以上は入っていたはずだ。  解約なんて、絶対にありえない。  依然、解約済みの文字を凝視しながら、真っ白な頭で考える。  一体全体、これはどういうことだ。考えれば考えるほど、同じ答えが頭をよぎり、カードを持つ手がブルブルと震えた。  つまり、僕以外の誰かが、勝手に僕の銀行口座から金を引き出し解約した……  いや、そんなことがあるはずない。  第一、このカードはずっと僕の財布の中にあったのだ。引き出すにはカードか、印鑑と……通帳。 「まさか」  慌てて銀行関係を収納しているボックスを取り出す。いつものように、数種類の通帳と印鑑が整然と収まっている。  僕は震える手で、通帳の束を取り出し、一つ一つ銀行の名前を確かめていった。   「ない……」  愕然とした。  無くなっていた通帳は、50万以上が入った高井銀行と10万円程入っていたはずの安井銀行。どちらも、普段使用しない貯蓄用の銀行だった。  じわりと涙がにじみ、眼鏡越しの世界が歪んでいく。  やっと。やっと。  やっと、倫子さんとの同居が見えてきたのに。 「最悪だ・・・この世の終わりだ・・・」  通帳の束を握り締め、僕はサビの目立つパイプベッドに身を投げ出した。
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