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長い沈黙の後、透子に言い聞かせた。
「ぶつかっただけでどうして?確かに僕は彼女も好きな人もいないけど、からかってるの?」
透子は下を向き、しょんぼりした。
「伊織にぶつかったことは謝ります。しかし許嫁の事実は消えません。あの時、私の“珠”を受け取ったから」
……珠?
「透子さん“珠”って何?」
「透子とお呼び下さい。伊織に関わることなのでお話します。」
漆黒の瞳に嘘偽りの色も翳りもない。名前の通り、透き通った眼差し。
「わかった。お茶淹れるよ。ちょっと待ってね。」
口煩くて我儘で文句ばっか、いや舌の肥えた母や姉のおかげで、常に緑茶や紅茶の銘柄の種類を揃えている。
「いただきます。」
温かいお茶で、透子の頬に赤みが差した。緊張がほぐれたのか口元も緩んだみたい。
「美味しい。伊織ありがとう。寛いで聞いて下さいね?」
透子の話は長編の物語だった。
決して寛いで聞ける穏やかな話ではなかった。僕の人生が大きく変わってしまう、危難な事実が判明したのだった。
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