イシュタール

7/10
前へ
/201ページ
次へ
「その恐怖のおかげで君は自分が幸せだと気づいたのだろう?」 爺はニヤリと笑った。 「恐怖って奴は生存本能だ、死にたくないって思いがなけりゃ生まれない感情だ。」 「で?それが解った所で何が幸せのプレゼントなんだ?」 「死にたくないって感じるって事は、現状が不幸じゃないって事だ。不幸じゃないなら、君は今幸せだって事だ。」 爺はそうだろう?と目で訴えてきた。 「タク坊はそれをお前に伝えたかったんだろう。」 「随分と不器用なんだな、あんたの上司は。」 「なんせまだ20歳だ、神としても人としても若すぎる。」 爺はくつくつと笑って立ち上がった。 「ひねくれ者の君には相性の良いやり方じゃないかね?」 爺はそれだけを言い残して消えてしまった。 「なるほどな・・・。」 呟いたところで部屋のドアがノックされた。 「タケルさん?帰ってますか?」 「何の用でございますか?」 ミリィが部屋のドアを小さく開いて中を覗き込む。 「お帰りなさい、一緒にお茶でもどうですか?」 「そうですね、ちょうど一息つきたい気分でございました。」 ミリィは嬉しそうに笑って俺の手を掴んでバルコニーへ向かった。 バルコニーにはアリサ女王が座っていた。 ミリィは女王の体面に座り、俺は庭に面した所に座った。 「私、アリサ様をお母様と呼ぶ事にしました。」 「左様でございますか。」 俺は紅茶を一口すすると顔を上げて二人を見た。 「私も、世界征服を止めようかと思っております。」 「え?何でですか?」 「現状が幸せなので。」 幸せと言う言葉を、肯定の意味で使うのは初めてかも知れない。 「幸せ?・・・何ですか!?また体調が悪いんですか!?」 ミリィが慌てたように俺の額に手を当てる。 「熱は有りませんね、お腹が痛かったり、気持ち悪かったりはないですか?」 「大丈夫でございます、とある不器用な男性に無理矢理認識させられただけでございます。」 アリサ女王はにっこりと笑って俺を見ていた。 「それは素晴らしい男性ですね、いったいどこのどなたかしら?」 「きっと神様でしょう。」 二人はぽかんと口を開けてお互いの顔を見る。 俺はその様子を見て、ちょっと嬉しくなって、自然と笑みがこぼれてしまった。 「蒸しパンでも作って参りましょう。」 俺は立ち上がって厨房に向かった。
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加