第6章 戦

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 いくつかの部屋を見て回り、そしてついに琴乃を見つけた。 「琴乃・・・さん?」  上座に寝かされているのは甲冑姿の男性。そしてその傍らに正座をしたまま黙り込んで動かない琴乃がいた。 「・・・あっ!」  心配になって近づいて行くと、押し黙っている琴乃は大粒の涙を流していた。そして琴乃が泣いている理由。それは上座に寝かされた男性がすでに物言わぬ屍であったからだ。 「あ、あに、兄上・・・」  上座で屍となったのは琴乃の兄。甲冑にはいくつかの傷と汚れがある。そして首から大量の出血があることから致命傷は首なのだろう。見たところ刀傷ではなく矢が当たったように見える。 「・・・・・・・・・・」  昇太郎は何も言えなかった。今までどんなに苦しい人生を歩んできたと言っても、これほど重苦しく心が締め付けられて空虚な感覚になるのは初めてだった。  昇太郎にとってはまだ知り合って十日程度の人。しかし琴乃にとっては今までずっと慕ってきた兄だ。そんな大切な人を失った悲しみを昇太郎はまだ主観で経験していない。経験していないが、それでもこれがどれほど辛いことかはこの部屋の空気で分かる。 「・・・ごめん」  昇太郎は蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を口にした。その謝罪の言葉が向けられたのはこの戦国の世界の住人の誰かではなく、現代に生きている自分の両親に対してだった。  いじめられていた自分が川に飛び込んで目覚めたら戦国時代にいる。恐らく現代に自分はいないのだろう。ならば現代の自分は死んでしまったのと同じ状態のはずだ。琴乃が感じている悲しみを昇太郎は自分の両親に感じさせてしまったことになる。それどころか琴乃の兄は国を守っての戦死だが、昇太郎はいじめに耐えかねての自殺だ。琴乃以上の辛さと苦しさを両親に味あわせてしまったことへの罪悪感はとても大きかった。
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