第6章 戦

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 その日のうちに琴乃の兄の葬儀は執り行われた。灰原家の主君である灰原昌隆を始めとした家臣団一同が揃うが、葬儀自体は質素で簡略化されたものだった。灰原家は裕福ではないため、葬儀にも多額の資金を投入できない。苦しいお財布事情に跡継ぎの戦死が重なったことで、灰原家の状況は財政だけにとどまらず様々な方面から危機が叫ばれていた。 「・・・昇太郎、すまない」 「ううん。さすがに辛いよね」  琴乃は自室で壁を背に座り込み、赤くなった目を見せまいとうつむいている。その琴乃をあまり凝視しないように昇太郎が視線を逸らしながら対応していた。  本来ならば葬儀に出なければならない琴乃なのだが、あまりの悲しみに葬儀どころではなかった。とりあえず自室で落ち着くまで休むということになり、その付き人の役目に彼女は昇太郎を指名した。 「情けないな。戦国の世で男達が死に逝くのは日常茶飯事だ。それを受け入れて慣れなければならないのが女の運命。もう三度目だというのに、親しい者がいなくなってしまう悲しみにはどうしても堪えられぬ」  琴乃の悲しみを昇太郎は完全に理解することはできない。昇太郎は現代でもまだ肉親や家族の死に立ち会ったことがなかった。親しい人を失う悲しさを知らない。それは当たり前に見えて実はとても幸せな事だったのだ。 「さ、三度目?」  琴乃の言葉に引っかかった昇太郎は無意識に聞き返していた。そして瞬時に不味いことを聞いたと思ったが、言葉にしてしまった以上もう後戻りはできない。 「ああ、昇太郎はしらなんだな。今日、葬儀をしている兄は家督を継ぐはずだった嫡男なのだ。次兄は二年ほど前に病に倒れた。三兄は去年の暮れだったか。領内で乗馬の訓練中に落馬して命を落としたのだ」  跡継ぎの長男以外の家族を琴乃は既に失っていた。その時も今回のように葬儀にも出られないほど落ち込んでいたのだろう。しかしその時はまだ家督のことを心配することもなく、全ての兄弟を失ったわけでもなかった。しかし今日で琴乃は全ての兄弟を失い、灰原家の子供は彼女一人になってしまった。
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