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間者に関しては主君自らが手配することで会議は御開きとなった。そして家臣団が次々と部屋を出て行く中、昇太郎は残るように言われて末席に座ったままだった。そして全ての家臣団がいなくなり、部屋には灰原昌隆と琴乃と昇太郎の三人だけになった。
「近くへ」
「は、はい」
呼ばれて末席から主君の前まで行き、そこで再び腰を下ろして向き合う。
「先ほどの話ではあまり話題にならなかったが、我が灰原家が独立を保ったままの場合の跡取りのことについてだ」
先ほどの会議の時と変わらない真剣な様子の灰原昌隆。伊達や酔狂ではなく、本気で灰原家の将来を考えているのが伝わってくる。
「昇太郎、もし私がお前に琴乃との婚姻を結ばせたいと言ったらどうする?」
「・・・・・え?」
突然のことで昇太郎は心の準備もできておらず、慌てふためきながらも顔をどんどん赤く染めていく。
「ふむ、どうやらまんざらでもなさそうだな」
昇太郎は言葉が出なかったが、赤く染まった表情が全てを物語っていた。
「なに、灰原家が白山家か黒川家に従属した時、場合によれば灰原家の名がついえてしまうこともあり得る。すでに跡継ぎの男手がいないのでな。流浪をしてでも灰原の名を守りたいと思うのだが、跡継ぎの男子がいなければそれすらままならぬ」
灰原昌隆は琴乃の方を一度見て、そして再び昇太郎に視線を戻す。
「昇太郎よ。そなたは灰原の姓じゃ。そして琴乃は我が娘。琴乃がお前に嫁げば、例え流浪の身となっても灰原家の血と灰原の名を守ることができる」
この時代の武士たちは皆このようなことを考えていたのだろうか。自らの家名と血筋をなるべく絶やさないようにする。武家に生れてしまった以上、それは絶対条件だったのかもしれない。目の前の灰原昌隆は全く冗談を言っているようには見えない。
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