第1章

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「……俺、周囲に迷惑しかかけられませんから、このまま眠らせてください」  襟首を掴まれていた。 「芽実さんも、安廣さんも、薬師神の幸せを願っているだろう。塩冶さんは薬師神を神だと大切にしている。俺も薬師神が必要で、失いたくない……どうして!いつも、死の横にいる?どうして生きようとしてくれない?」  バンバンと背中が木に当たる。ナイフが刺さったままなので、すごく痛い。でも、琥王の心の痛みが、伝わってくる。 「分かった、神の死を、相手に伝える」  琥王の問いとかなり違う回答であるが、俺が生きようとしない理由もきっとある。  俺は、吠えるという能力がある。これは、伝える相手にのみ聞こえる声であった。俺を殺す全ての人に、吠えてみた。  神の死、その絶望。人類が転変地異や異常気象、ウィルスなどで次々と死んでゆく。そこで、立ち上がり未来を作るのが人間の力であり、そういう人間の傍で見守るのが神の仕事とするが、世の中に神はいない。ほんの僅かな喜びを与えるものが、神だとすると、その僅かすら途絶えた社会。それは、獣の世界であった。 「人が欲しいのは、獣の社会であるのか?俺は問う」  様々な返事が聞こえたが、回答は自分で見つけて欲しい。 「あの、ナイフ抜いてください」  これ以上経過すると、意識が保てない。 「痛いの?」 「すごく痛い。それに、死ぬのが怖い。俺は眠るだけでいいけど。芽実さんや、安廣さんが悲しむのが、怖い」  俺は恨まれるのが、怖い。俺は、死んだだけの両親を、心の片隅で恨んでいた。芽実に恨まれるのが怖かった。 「俺は?」 「琥王、本当に俺が必要?」  琥王は、真顔になっていた。 「必要」 「なら、琥王が、俺を不必要と言うまでの限定で、友達……」  琥王が、俺の背のナイフの柄に手をかけた。 「薬師神は俺が必要か?」  今、ナイフを抜いて欲しいという意味では必要であった。 「わからない。でも、俺に笑い掛けてくれた人は、幼稚園以来で、又、失うのが怖かった……又、永遠の孤独の中に落とされるのならば、最初から無かったほうがいい」  思わず、本音を言ってしまった。 「得てしまったら?」 「失いたくない、絶対に俺より先に死なないで……」  死なないで欲しい、ああそうか、これが琥王の気持ちなのか。俺はやっと理解した。 「琥王、ナイフ抜いて。やっと分かった。福来さんの気持ちと居場所」
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