プロローグ《始まりの格調》

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  何が正しい?   恐怖とは何だ?   財力、社会的地位‥‥‥それらが氾濫する世で一体何を信じろと言うのか。   解せない。私が世の駒でそれを使役する主が居ると仮定したならば、己の存在はその者にとっての悦びとなるのか?其れとも唯々愉快だと、鼻を鳴らして嘲られるだけなのか?   ‥‥‥解せない。   既に蔓延し始めた時の解れを抑制することは叶わない。   生きる時を切断する諍いよ、それを躊躇なく自らに受容していこうと試みる人間よ。両者の関係は因果という形式に収まるのか‥‥‥それすらも定かではない。   無知に栄華を讃えた世の末で、私が己の厄災を逡巡することなく駆使出来る刻など、果たして到来するのだろうか?   私は、純然たる人ではない。ーー嘗てよりその渇いた大地に耕作を施し、生命の根源を植え付け、 懇ろに成長を促してきた人ではない。   喚く愚考には至らず、己の凍てついた心情にすら決して気付くことのない木偶の坊である。   夕刻の空に走る一縷の白線が、直ぐに消滅していくことに何の疑問も抱かない。二翼をその華奢な胴体に接着させ、奔放に飛び廻る機体が残す蒸気になど何の興味も抱かない。そこにあるのは理だ。理である以上、そこより新たな概念が生じることなど断じてあり得ない。   だからそれを注視する迄にも至らず、一連の動作に一瞥もくれてやらない。   私には人間の情ーー感情が理解出来ない。己が人の形をしている故、最低限の“人”である常識は身の内に叩き込んでいる。そうしなければ、私のような異質な者は、世の端にすら置いてもらえない。弾かれ、薄暗い地の底に這うようにして生を全うしなければならなくなる。   常々縋り付きたいと、否、縋り付く振りをしていたいと思考回路を巡らせた。それは同時に純然たる人に対して、自身が彼等のお荷物としての“もの”であり続けるという事にもなるのだが。   ‥‥‥自身の価値数など知れたものだ。自らを敬愛する事もままならないのなら、いっそ命を絶とうーーと、そんな甘美な思考は生まれない。感情を抱かないとはそういう事なのだ。生きる気力を喪失している事実は、安直な死に辿り着こうとする嗜好を好むまでに至らない。   それならば、これから私が行うことは決定事項である。私が存在する意味を成せば、感情の内に植え付けられた咎など生じないのだろうから。
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