243人が本棚に入れています
本棚に追加
佐倉さんの言葉に、不意に、菜々美の顔が曇った。
「……そんな過去の話まで持ち出すの?」
菜々美は飲みかけのグラスを置くと、傍らのバッグを肩に掛ける。
「私、美味しいお酒しか飲まないの。今日は帰るわ」
そう言って、菜々美は立ち上がり、店の入り口の方へ向かい始めた。
私は慌てて、自分のテーブルに戻る。
「待てよ、白石!」
佐倉さんの声が後ろでしたと思うと、伝票とスーツの上着を持った彼が、菜々美の後を追うように足早に去っていくのが見えた。
「ふぅ……」
幸い二人には見つからずに済んで、思わずため息が漏れる。
だけど……。
東条社長に聞きたいことが、もう一つ増えてしまった。
立花 葵さんのこと。
そして……菜々美のこと。
彼女たちのことを聞いた時、彼はどう答えるんだろうか?
冷たいスマホの画面を見つめながら、私は考えていた。
最初のコメントを投稿しよう!