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「うん」
「あの橘って人の家も、それで行ったの?」
「……うん」
「……そう」
それ以上は、晴己も訊かない。
一瞬横たわった沈黙を、静かな声が切り裂いた。
「満足しましたか? 由比晴己」
「え?」
「都築紫は真面目な会社員の反面、男性関係が派手でした。しかしどれも後腐れのないあっさりとしたもので、彼女を恨んでいる男はほぼゼロ」
「何を……」
戸惑うように私を見る気配がする。『男性関係が派手』――とまでは予想していなかったのだろう。
否定してほしいというような視線を感じた。
勿論私に否定できるはずもなく、ただ俯くことしかできない。
晴己との無言のやり取りに気付いているのかいないのか、相良は冷たい瞳でこちらを一瞥すると、暗唱するかのような台詞を続ける。
「その中で例外がふたりだけいました。まずは由比晴己。期間をあけながらもコンスタントに逢瀬を重ねていた相手。そして橘一哉大学教授。彼とは都築紫が学生時代から関係を重ねていたということで、例外というよりは特例と呼ぶべきかもしれませんね。
ただし、このふたりとの関係は何故か周囲の人間にはほとんど知られていませんでした。被害者が意図的に隠していたと思われます。だから事件当時に行われた関係者への事情聴取には君たちふたりを呼べませんでした。これは完全に私たち警察の落ち度です」
ある程度予想はしていたはずだが聞くに堪えない内容に、晴己の視線が足元へと落ちていく。
それに気付いた私は、独唱を続ける相良を見遣りつつ、ゆっくりと晴己へ距離を縮める。
そうする資格はないと知りながらも。
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