第2章

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_____ ____ 秘薬により、エリエンヌの姿が見えなく なってから、十年の歳月が流れ…… その間も、二人は変わらぬ愛情を抱き続け、 ひっそりと睦まじく暮らしてきた。 姿が見えない事以外、エリエンヌは 何一つ変わってはいないのだから。 気怠い微睡みの中で、まだ喜びに震える 妻の腰を、ゆっくりと撫でる。 衣服を身に付けていないエリエンヌは、 見た目は全くの透明で、存在すらわからない。 けれども触れれば、そこには温かで柔らかな 体があり、こうして愛し合う事もできる。 しかし、長い月日、顔も、体も、髪の毛の 一筋すら、何一つ目にできない事が、 オルランドは耐え難く、その想いは 限界に達していた。 エリエンヌの体を離して、オルランドは 体を起こした。 「あなた、どうしたの?」 「……いや、何でもない」 彼女に背を向けて、深いため息を吐く。 悩んでも仕方が無い事、エリエンヌが 一番辛い思いをしているのだから。 自分にそう言い聞かせるしかない。 「何でもないはず無いわ。そんな顔して」 「……君には、私が見えるんだな」 彼女には自分が見える。 そう思うと、更にやり切れない 気持ちになった。 「オルランド……」 背中に小さな手が触れる。 「……もう十年だ。いつになったら秘薬の 効果は切れる?感謝すべきなのはわかっている。 君は死んでいたかも知れないのに、こうして 生きているんだから」 ずっと心の奥に仕舞い込んでいた想いが 溢れ出る。 妻の姿が消えて以来、オルランドが一人で 抱えてきた想い。 屈強で勇敢な男が、とうとう弱音を吐いた。 「私は見たいんだ、君の笑顔を。からかったら 怒って脹れる頬を。キスで腫れる唇を、愛撫に 身悶えるその姿を」 苦し気に顔を歪めて、想いを露土する夫の姿。 こんなオルランドを見るのは初めてで、 エリエンヌは戸惑った。 けれども、夫をこんなに嘆かせているのが、 自分だと思うと、申し訳無い気持ちで一杯 になる。 死ぬ気で飲んだ秘伝の薬。 おめおめと生き永らえたために、愛する 夫をこんなにも苦しめていた事を知った。 「オルランド、あなたを苦しめるくらいなら、 私は永遠に目の前から消えるわ。本当なら 十年前に、そうなっていたはず。こんなに 長く、傍に居られて幸せだった」
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