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「来たか」
左議は待ちかねた声で呟き、薄く笑った。
「誰だ、お前は」
振り向いた領議がいぶかしげに問うと、官服の男は「治部官、偉進と申します」と答えた。
偉進の目には荒波をも怖れぬ芯の強さがあらわれていた。虎の威を借る狐の如き卑小な輩などではなく、己で道を切りひらく性質だと紹彩志は感じた。
異質であったのだ。
己は無論のこと、貴族で埋め尽くされた官吏の中に、偉進と同じ目を見たことはない。
「治部官ごときが審判を妨げ、私を愚弄するとは。身分を弁えよ!」
領議が椅子の肘を叩くと、左議は「静粛に」と重い声を発した。
「さて。治部官、偉進とやら。領議殿が指示をだしておらぬという発言についてだが……」
左議は背板にもたれていた体を起こしている。
紹彩志は、領議の政治生命は絶たれたと悟った。
おそらく左議にとって偉進が現れることは筋書どおりなのだ。
領議を失脚させる材料がすべて整っていることは、左議の満足した顔を見れば明らかであった。
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