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「さようなことは……」
否定しかけて、思わず口をつぐんだ。
否。おそらく綾の言葉通りである。
領議が失脚した今、長官など体裁を整えるために置かれているばかりで実質的な意味などない。
しかし、己には左議の干渉を防ぐ力はない。
悩みあぐねるうち、何故か娼家を訪れていたのだ。綾を想い訪れたのではない。
「すまぬ」
「いいえ。紹様には想いつづけていらっしゃる方がおりますもの」
綾は少し微笑んだが、切なさに満ちている。
床の間に活けられた曼珠沙華の赤ささえ、悲哀の色を含んで見えるのは気のせいであろうか。
「そういえば、その話を聞かせたな……」
紹彩志は、綾が注いでくれた酒を舐めた。
都季が居たならば、やはりこうして酒に逃げたであろうか。あるいは肌を寄せあって、都季の温もりを感じているのであろうか。
心の中にいる都季は幼く純粋なままだ。
男ならば、おそらく愛する者を抱きたいと思うであろうに、都季は大人になってくれない。
己一人が都季を置き去りにして、歳を重ねているような後暗い気持ちになる。
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