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「綾」
酌を受けよという意で白磁の銚子を持つと、綾は酒杯を両手で持って差し出した。
その手が近付いたとき、微かに馥郁(ふくいく)たる沈香(じんこう)の香りがした。
綾は正面を外し、一気に酒を飲むと返杯した。
「紹様の番です」
銚子を取った綾の指先が、微かに手に触れた。
滑らかで柔らかい感触だった。
「酔わせるつもりか?」
「何か悩み事がおありなのでしょう? 紹様は私を抱く気がないのですから、お酒を召し上がりたいのかと」
「なるほど」
少し笑った。
綾が注いだ酒を一気にあおると喉が熱くなり、次第に体も熱くなった。
「飲んだぞ。さあ、返杯だ」
幾度かやり取りを重ねるうち、綾の肌が桃色に染まった。
「熱くなってまいりましたので、窓を少しあけますね」
綾が立ち上がり、閨房(けいぼう)との仕切りの金屏風を畳むと、薄闇に絹の敷布が敷かれた寝台が現れた。寝台の脇に置かれてある行灯が、橙色の明かりを寂しげに放っている。
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