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人気のなくなった教会。
私は一人、着席したままでいた。
手にはブーケと男から渡されたハンカチがあった。
花嫁の消えた式は中止された。
高橋の気持ちを思えば、いたたまれなかった。
背後のドアが軋む音がして振り返った。
そこに立っていたのは高橋だった。
さっきまでのグレーのモーニングコートはもう脱いでいた。
何故かホッとする、見慣れたスーツ姿。
「花嫁さんじゃなくて、ごめん。」
探しているのかと思った。
彼の一縷の期待を裏切ったのなら申し訳ない。
高橋はフッて笑うと、私のいる列席者の長椅子に並んで腰掛けた。
「シナリオ通り。上手くいった。」
その言葉の意味が分からなかった。
高橋の横顔を見つめた。
「派閥争いだよ、専務はどっちにも転がる俺を囲い込みたかった。娘を利用してね。」
確かに今の職場では、派閥争いが水面下で勃発してた。
「どっちの派閥が得なのか決めかねてたから断れなかった。向こうからの破談になるように彼氏をけしかけた。」
「そこまでして出世したいの?」
自分の戸籍を汚すかも知れないリスクを、到底理解出来ない。
呆れてしまう。
「男として、負ける訳にはいかない奴がいるからね。こう見えて必死なんだよ、俺も。」
「もし破談が失敗しても、お嫁さん、若くて美人だしね。」
高橋はカラカラと笑った。
「全然タイプじゃなかったよ。俺は自立した可愛げがない女が好きだし。」
そう言って私の顔を覗き込もうとするから、慌てて視線をそらした。
油断した。
ブーケの下にそっと隠してたハンカチを、意地悪く取り上げられた。
「俺の結婚が悲しくて泣いたとか?」
この世の終わりかと思うくらい、悲しかった。
そう素直に言えない私は可愛げがない。
分かってる。
「花嫁を連れ去るシーンに感動したの。」
高橋は「ホント、可愛くない。」やっぱりそう言って笑った。
世の中には一発逆転も、大どんでん返しだってある。
世界はそう簡単には終わらない。
End
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