第09話:真夏の孤島「H」

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周囲に人の気配がないと感じた翠子は、きょろきょろと周りを見ながら戦車にゆっくりと近付く。 ぐるりと一周回って戦車の状態を見たが、当然ながら最近動いた形跡はなかった。 リベットで雑然と継ぎ()いだだけのブリキ装甲には、青々とした(こけ)がびっしりと生えている。 おまけに足回りには太い(つた)が寄生するように絡み付き、幾重にも複雑に帯び重なっていた。  ――ん? あれは……布、でしょうか? ふと気になった砲塔部に視線を向けた翠子は、砲身に巻き付いた布に興味を示した。 経年劣化でぼろぼろに傷んではいるものの、白地に太陽を模した赤い丸、放射状に延びた太陽光――旭日(きょくじつ)旗である。 それは砲身から絶対に落ちないよう、太めの麻紐で堅固に縛り付けてあった。 旗の端には、小さく昭和二十年四月十日と刺繍(ししゅう)が施されている。 その日が製造日なのか、はたまた出陣日なのか、今となっては分からない事だ。 それだけ昔から戦車がこの場所に存在するという事は、開戦から終戦まで死守していたに違いない。 けれども戦争は終結したーー。
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