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周囲に人の気配がないと感じた翠子は、きょろきょろと周りを見ながら戦車にゆっくりと近付く。
ぐるりと一周回って戦車の状態を見たが、当然ながら最近動いた形跡はなかった。
リベットで雑然と継ぎ接いだだけのブリキ装甲には、青々とした苔がびっしりと生えている。
おまけに足回りには太い蔦が寄生するように絡み付き、幾重にも複雑に帯び重なっていた。
――ん? あれは……布、でしょうか?
ふと気になった砲塔部に視線を向けた翠子は、砲身に巻き付いた布に興味を示した。
経年劣化でぼろぼろに傷んではいるものの、白地に太陽を模した赤い丸、放射状に延びた太陽光――旭日旗である。
それは砲身から絶対に落ちないよう、太めの麻紐で堅固に縛り付けてあった。
旗の端には、小さく昭和二十年四月十日と刺繍が施されている。
その日が製造日なのか、はたまた出陣日なのか、今となっては分からない事だ。
それだけ昔から戦車がこの場所に存在するという事は、開戦から終戦まで死守していたに違いない。
けれども戦争は終結したーー。
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