第二章

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『ぼろもうけだな』『いくら稼いだんだよ』『死ね』  周囲からどう思われているのか。そう考えると耳を塞いでも声は聞こえてくる。いたたまれなくなり教室を出た。人気のないところに行きたくてとにかく歩を進めた。廊下の角を曲がると向こうから数学教師の種河が苛々した様子で闊歩してくる。  すれ違う直前、『明日の放課後だ。抜き打ちで九九のテストをしてやる。追求してやるからな林道、白金』  僕は思わず彼を振り返った。彼の丸い背中からはおどろおどろしい暗い影が立ち込めているように見えた。  授業前、白金はメモ用紙にペンを走らた。僕からは見えないよう片手で紙を隠している。 『家でも描こうか。……煙突を付けてみよう。窓をふたつ。扉をひとつ。近くに木と猫でも描いておこう』  白金は口を動かしていない。それでも彼の声は聞こえた。 「描いたよ。でもこんなのどうするの?」  白金はメモ用紙を折り畳んだ。 「マジック。なにを描いたか当ててみようかな、と思って」  白金は期待するよう瞳を輝かせた。 「難しいと思うけど」 「家を描いた?」  白金の顔から笑みがさっと消えた。間違いであって欲しい。そう願いながら僕は続けた。 「家には窓がふたつあって扉がひとつ。家の隣に木が描かれていてその下に猫が1匹座ってる」  白金は驚いたように目を丸め、折り畳んだメモ用紙を開いて見せた。そこには僕の頭に浮かんだ絵と全く同じ絵が描かれていた。彼の声だけではなく彼が描く映像も見えたのだ。 「なんで分かったの」  返答する気になれなかった。滅入った。頭の中で聞こえてしまうこの声は単なる幻聴ではないらしい。  アンクレットをはめてから100時間で死ぬ。その信憑性も増した。 「マジック終わり。ごめん、それだけ」  早めに会話を切り上げた。クラスメイトの数人は僕に刺すような視線を向けている。長話をしては白金に迷惑をかけることになる。  白金は、僕のことをどう思っているのだろうか。 『鳴原君が本当に犯人なのかな』  その声は口を動かしていない白金から聞こえた。聞きたくなかった。でも聞こえてしまう。 『亡くしたものが大きすぎて自暴自棄になってそんなことをしたのかな。……そうだとしても鳴原君は悪くない。そんなことをしなきゃいけないくらいきっと追い込まれてた。僕だって追い込まれたら何をするか分からない。鳴原君は悪くない』
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