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羽倉は力なく笑ってまた僕の隣に腰掛け、今度は僕の腕にしがみついた。
「え――ん。林道君に苛められたよぉ」
「……え……あの」
僕はどうすればいいのか分からず彼女の彼氏である林道の顔を見た。彼は気にすることなく雑誌を読んでいた。
「わっ、無視だよ無視」
羽倉は僕の腕から離れて林道に舌を出した。
私は鳴原君を避けていないよ。彼女の声は聞こえてこなかったが暗にそんなことを伝えられた気がした。
「幸汰君。とにかく勉強しよう」
白金が言うと林道は雑誌を閉じた。
「仕方ねえ。おい瀧廉太郎。楽譜書いてる場合じゃねえ。今夜はお前の家で一夜漬けだ」
「僕は鳴原だけど……。なんで僕の家?」
「俺の家は無理だ。妹がお受験の時期でな。騒ぐと親がうるせえんだ」
「静かに勉強すればいいだろう」
「大騒ぎせずに九九なんて覚えられるか」
「どうやって九九を覚えるつもりだ」
僕はそれとなく白金を見た。
「僕の家でも良いけど、幸汰君は僕の親が嫌いなんだよ」
「なになに? お泊まりでお勉強会? いいなぁ楽しそう。私も行きたい」
羽倉が言うと林道は初めて彼女に目を向けた。
「だったらペリーも来ればいいだろう」
「えっ、え?」
羽倉は動揺するよう瞬きをした。私も行きたい、というのは冗談だ。なにしろ窃盗容疑のある僕の家だ。真に受けられ困ったように羽倉は返答できずにいた。
「幸汰君。ペリーさんは冗談で言ったんだよ。さすがにお泊まりはね」
白金が羽倉のフォローをすると俯いていた羽倉は顔をあげて元気に親指を立てた。
「1時間だけ行ってやるよ」
羽倉はペリーでまかり通るらしい。
※
「ににんが、し。にさんが、ろく。にし、ひがし」
「分かるよ。でもこれは算数だからね、東西南北は関係ないんだよ」
林道は僕の勉強机に向かいノートを広げていた。その脇、家庭教師よろしく白金が立っている。
林道は乱暴に頭を掻いた。
「にし、は置いておこう。難易度としては桁外れ。にごじゅう。にろくじゅうに」
「良い調子だよ」
白金は偉いお坊さんのように微笑む。
「にしち、じゅうし。にはち、じゅうろく。にく、おいしい」
「分かるよ。でもこれは算数だからお肉の味は関係ないんだよ」
「にく、の難易度も異次元。もはや神のみぞ知る、と言ったところか。にく、の次は?」
「3の段だよ」
「3の段……だと?」
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