第二章

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 林道は息を荒げた。顔中に浮かんだ汗を腕で拭った。大きく喉仏を動かして苦しそうに唾を飲み込み、「おいおい……。お、俺は、俺たちは、神に挑戦状を叩きつけようってのか」  彼らの後ろで僕は白目を剥いていた。隣には羽倉が座っている。漫画を読んでいた。 「……羽倉さん。暇でしょう。帰っていいと思いますよ」  羽倉はじろりと僕を睨んだ。 「だ、か、ら。敬語やめて。どうして私にだけ敬語を使うの?」 「羽倉さんだけじゃありません。女子にはもれなく敬語です」  人が苦手だった。女子はより苦手だ。  林道は椅子に座りながら背伸びをした。勉強開始から3分、もう疲れたらしい。 「喉渇いた。おい、滝廉太郎。南国を思い出させるトロピカルジュースを持ってこい。飲んでやる。きんきんに冷やしてこい。早く持ってこい、このど阿呆」  殴り合いの喧嘩でもしてやろうかと思ったが、結局面倒になって僕は1階に降りた。  リビングでは父さんが寛いでいた。戸棚から自分のコーヒーカップを鼻歌交じりに取り出す。カラスが描かれたカップで小旅行の帰りにかあさんとペアで購入したものだ。  父さんはインスタントコーヒーを作りながら上機嫌に言った。 「勉強会は楽しいかな」 「別に」  僕は父さんを避けるよう手早く戸棚からグラスを四つ取り出しトレイに載せた。 「あぁ。私が持っていこう。お友達にも挨拶したいし」 「いいよ」 「いやいや、挨拶を」  僕の持つトレイを父さんが掴んだ。それを強引に引っ張る。 「いいって」  そのとき、父親の手からカップがずり落ちた。コーヒーが床にぶちまけられ、カップはばらばらに割れた。 「……あぁ」  父さんはしゃがみ込んでカップの破片を拾った。 「割れちゃったな。……カラスの絵柄が気に入っていたのに。かあさんとのペアカップ」  余裕のある笑顔で言う。父さんは顔色を崩さない。それを尻目に僕はジュースを二階へ運んだ。これ以上、父さんと関わりたくなかった。  自室の扉を開けると林道は机に突っ伏していた。 「……寝てる?」  僕が訊ねると白金と羽倉は同時に頷いた。  俺はトレイをテーブルに置いてベッドに座り直した。 「僕が言える立場じゃないけど、どうして林道君の宿題までやってあげたの?」  白金は苦笑いした。 「幸汰君は勉強が嫌いだから」 「どうやって入学したんだろう。まさか3年の峯竹と同じで裏口とか? って、すみません」
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