第二章

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 親に言うほどのことでもないから、いつか苛めはなくなるから、格好悪い自分を家族に見せたくないから、誰にも迷惑をかけたくないから、心配させたくないから。そんな理由をいっぱい積み上げて、今日まで我慢できたんだから明日も、明後日も我慢できるなんて自分を上手に追い込んで、気づけば全てを自分ひとりで抱え込んでしまう人間になっていた。だから母親の言葉を聞いたとき申し訳なくて申し訳なくて、僕は自殺を踏みとどまった」  羽倉はジュースを暖めるようじっとグラスを握った。 「その翌日。僕を苛めていた男子はみんな僕に頭を下げた。全員、顔があざだらけだった。みんな階段から落ちたんだって」  白金はストローでジュースを一かきした。 「中学3年生になっても幸汰君はよく喧嘩してた。目立つから悪い連中にどうしても因縁をつけられる。偏差値の高い高校に入学すれば喧嘩をせずに済むと思って僕は彼にスポーツ推薦を勧めた。空手部に編入し、なんとかルールを覚えてもらって大きな大会で優勝した。推薦枠を勝ち取ったのはいいけど問題だったのは面接で、それはもう何日もかけて練習した。幸汰君は嫌がったけど僕がお願いして沢山の文章を丸暗記してもらったんだ。自分の合格より彼の合格を知った時の方が嬉しかったよ。でも入学早々」 「峯竹を殴った」  僕が言うと白金は頷いた。 「峯竹さんが誰に殴られたのか言わなかったから幸汰君は処分を受けなかったけどね」 「どうして林道君はその峯竹って人を殴ったの?」羽倉が訊ねる。 「それは……言いにくいんだけど。本当に……すごく言いにくいんだけど」  俯いた白金の顔に影が差す。その様子を見て羽倉は不安げに俯いた。 「幸汰君は……峯竹さんの顔を一目見て、便秘なんじゃないかって疑ったらしい。青天の霹靂だったらしいよ」  僕はこう言った。 「なんだって」  白金は賢い学者のよう顎に手をやった。 「あとで聞いた話だけど、幸汰君にとって峯竹さんの顔は……嘘みたいな便秘顔らしい。もう峯竹さんの顔を見た途端に便秘なんじゃないかと疑わずにはいられなかったらしいよ。幸汰君は居ても立ってもいられず峯竹さんに直接訊いたんだ。いつから便秘なんだ、と。相談に乗りたい、と」  羽倉は眉をひそめた。 「……そんなことって」
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