第二章

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「前日、幸汰君は便秘の特集をテレビで観たんだ。彼は衝撃を受けた。便秘で苦しんでいる人が世界に溢れてる。便秘で悩んでいる人を助けたい。ひいては世界を平和にしたい。昨日の今日だから彼の正義感が爆発した」  机に突っ伏しヨダレを垂らして寝ている彼の顔を、僕は見た。  この人に九九は覚えられない。 「便秘の相談をしてごらん、と言われた峯竹さんは入学早々の1年生に喧嘩を売られたと勘違いした」  勘違いしない方がどうかしてる。 「峯竹さんの両脇にいた同級生も絡んできて幸汰君と喧嘩になった。結果、幸汰君は傷ひとつ負わず3人を殴り倒した」  便秘と疑ってかかり、殴りかかる。その辺の変態をだいぶ凌駕している。 「便秘を装う頭ひとつ抜けた悪人を退治した。幸汰君はそう締めくくったんだ」 「なにを締めくくったんだ」  羽倉は眠りこくる林道の背にどこか物憂げな眼差しを向けていた。 「林道君は少し変かもしれないけど、それでも自分の正義を曲げないって……」  その瞳の端に浮かんだ涙をそっと指ですくった。 「ちょっとだけ感動しちゃった」  羽倉千癒という女子も濃いめのボケ担当だった。 「羽倉さんはこの話、知らなかったんですか」  僕が問うと彼女は首肯した。 「乱暴な話、あんまり聞きたくないから。でも驚いたな。空手でスポーツ推薦か。白金君は中学の頃、なにか部活やってた?」 「将棋部に所属してました」  彼らしかった。 「鳴原君は?」 「剣道を少し」 「もうやめちゃったの?」  俺は目を伏せた。 「弱かったですから」  10分後。林道が目を覚まし勉強は再開された。9の段まで一通り学習し、先生たる白金に言った。 「分かったことがある。4の段と7の段は……数学者の敵だ」  数学者も安く見られたものだ。  白金はノートにすらすらと式を書いた。 「分からなければ足し算をしちゃえばいいんだよ。例えば4かける7が難しければ7を4回足せばいい。計算手段は沢山あるんだ」 「となると、7かける5が分からなければ7を5回足せばいいわけだ」 「その通り。かけ算は逆にしても答えは同じだから5を7回足してもいい」  林道は快活に破顔一笑した。 「白金。それは言い過ぎな」  少しずつではあるが林道はかけ算を自分のものにしていった……のだろうか。 「いいか、俺は絶対にテストで100点を取ってやる。絶対だ。見てろよ豚先生!」  林道は高らかに宣言した。
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