第二章

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『養豚場のカリスマ、豚先生だ』  林道は片手でペンを真っ二つに折った。 『俺は採点される前から満点だった。俺に点数を付けようとする奴が0点だった。俺を精神的に追い込むことには成功しただろう。だが所詮、無駄な足掻き。もはや悟りきったこの俺を、一体誰が止められようか』 「時間だ。採点しよう」  種河は林道に歩み寄った。林道は彼に対峙するよう立ち上がり、大仰な身振りで両腕を横に広げた。 「俺だから、よかったぜ」  林道は養豚場のカリスマに不敵な笑みを浮かべた。 「他の奴なら騙されてる。でも俺は騙されねえ。テストなんかじゃ俺は計れない。俺を計るのは俺だっ!」  眦を決する。 「俺に問題を出したのが運の尽き。悪は世界平和の名のもとに――」  林道は素早い身のこなしで種河の懐に入り込み、下から上に拳を突き上げ、「成敗っ!」種河に凄絶なアッパーを炸裂させた。  種河は口から奇妙な音を発して巨体を浮かせ、机や椅子を巻き込んで後ろにぶっ倒れた。口から赤い舌を出す。開いたままの目から涙がこぼれ落ちた。ぴくりとも動かなくなる。  林道は天を貫くが如く突きあげた拳を、更に上へと突きあげた。 「豚先生は俺が殺した! うおおおおおおおお! 今、思い出した! はちろく、しじゅうはち! はちしち、ごじゅうろく! はっぱ、股間を隠す唯一の道具!」  教室全体が揺れるような怒号が轟いた。 「どうしよう」  羽倉は口を手で押さえ慌てふためいていた。  種河は床に倒れたまま動かない。  林道は教師を殴ってしまった。停学か、運が悪ければ退学か。何かしら処分を受けることになる。 「どうしてこんなことを?」  僕が問うと林道は傲岸に鼻を鳴らした。 「悪を討つのに理由がいるのか。俺が言えるのはそれだけだ」 「よくそれだけ言えるな」  白金は焦った様子でメガネのブリッジを押し上げた。 「まずいよ幸汰君。先生が目を覚ましたらとにかく謝ろう。簡単には許してもらえないだろうけどとにかく謝って謝って謝りまくって――」  そのとき種河が突然、むくりと上半身を起こした。細い目できょろきょろと辺りを見渡し、そばの机に掴まりながら立ち上がった。気が抜けたような顔をしている。 「……先生、大丈夫ですか?」
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