第二章

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「残念でしたね。僕はもう生きたいなんて思えないかもしれません」  里乃伽の瞳から色味がふっと消えた。 「それならそれで仕方ない。別の自殺志願者を探すだけや」 「また人を死に追いやるんですか」 「死は生命に約束された最期の幸福や」 「あなたは人殺しだったんですね」 「私が悪者みたいな言い方を……って待つんや、話は終わってへん」  彼女を無視して僕はその場を立ち去った。         ※  駅ビル雑貨店、商品棚から一つのコーヒーカップを手に取る。デザインはシンプルで優雅に羽ばたく黒い鳥がささやかに描かれている。上物だったが値札を見て悩む。金は多めに持ってきたつもりだったが少し足りない。と言っても他にめぼしい商品は見つからなかった。  出直そうと思ったとき視線を感じて顔をあげた。峯竹、海口、朝貝の3人組が店の外から僕を睨んでいた。  僕は早歩きで店の奥に進み、彼らのいた方角とは逆に店を出た。ありがたいことにフロアの通路はどこも人で溢れかえっている。人混みに紛れるよう逃げていく。エスカレーターでさっさと3階にあがり後ろを振り返る。彼らの姿はない。まだ気は抜けない。通路を小走りし、人の隙間をすり抜け今度は階段を降り、地下のショッピングモールを南に移動し、階段を上がって外に出た。冷たい空気がどこか心地良い。うまく撒いた。  そう思ったが改札口前のホールから峯竹がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。目が合う。  きびすを返し全力疾走、駅ビルから離れて小道に入り、さらに脇道へと突き進みたまたま目に留まった工場跡らしき古びた建物のドアノブを握った。鈍い音をたてて扉は開いた。中はカビの匂いが充満していた。室内は薄暗く足元がおぼつかない。壁に立てかけられた数本の角材が窓から差し込む僅かな光に照らされている。そのうち1本を手に取り、呼吸を整えながら割れた窓の隙間から外の様子を覗った。  ほどなくすると朝貝が走ってきて辺りを見渡し、遅れてきた海口と一言二言会話し、2人は各々別方向に走っていった。  しつこい奴らだ。しかしここで大人しく隠れている限り見つかることはないだろう。そう思いながらもう一度割れた窓ガラスの隙間から外を伺うと、正面に見える小道を林道が大股でのほほんと闊歩していた。彼と目が合った。 『あいつ、なんであんな所に入っていったんだ』
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