第二章

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 喉がつぶれてしまったように声が出せない。立ち上がろうとしても膝が震え尻餅をついた。汚れた床に手をついて捨てられた財布を拾い上げる。彼らの背中に投げつけてやろうかと腕を振り上げたが、高校の入学祝いにと父さんが買ってくれた財布だったことを思いだし汚れきった財布を指で拭いた。綺麗にはならなかった。  中にはわずかな小銭だけが残されている。これでは、父さんへのお返しが出来ないではないか。  窓の外を見た。くすんだビルの屋上に林道の姿はなかった。  ――林道は彼らの餌食にならない。なぜだ。肉体的に強いからか。度胸が据わっているからか。いいな。どうしたらあんな風に、自由に生きられる。どうやったら自分の思い通りに生きられる。ずるいな。  再度、立ち上がろうとするが身体中が悲鳴をあげ膝が崩れてしまう。僕はまともに歩くことすら出来ない。いっそこのまま、このまま―― 「生きたいと思うなら、私が救ったるで」  どこから現れたのか分からない。背後から凛橋里乃伽の声が聞こえた。しゃがれたおじさんの声だ。彼女は僕の肩に触れた。暖かい何かが身体の中に広がっていく気がした。 「聞いてんのか?」  黙れ、人殺し。その言葉を飲み込む。代わりに言った。 「今すぐ、殺してくれないか」 「なんでや」 「人の心が読めたって意味がない。今すぐ殺してくれ」  里乃伽は僕の足首を指さした。 「死はアンクレットが約束してくれる。焦らんでええやろ」  里乃伽は僕の肩から手を離し、それ以上何も言わず立ち去った。  髪はぼさぼさで、薄汚れた制服姿だったから周りの人から白い目で見られていることは分かっていた。でも関係なかった。  死に場所を探すよう、駅ビルの展望台に向かって伸びる長いエスカレーターに乗っていた。展望台から見える夜景は綺麗だったと記憶している。いつだったか、かあさんと一緒に見た。  僕の身体は歩けるまで回復していた。身体中にあった痛みが薄らいでいる。里乃伽が得体の知れないことをしたのかもしれない。  展望台に辿り着くとそこは人で賑わっていた。設置された望遠鏡を覗き込む人、ベンチに寄り添う恋人たち、楽しそうに談笑する家族連れ。どこを見ても幸せで溢れていて自分一人だけが別世界を生きているような気がした。  展望台の一角、僕は眼下に広がる夜景を茫然と眺めながら両手で冷たい手すりを握った。思い切り目をつむる。 『48時間47分』
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