第三章

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 彼は食事に夢中で会話に集中していない気がした。 「林道君は好きな人、いるの?」 「いない」 「じゃあ、好きじゃない人と付き合うのか?」 「すでにやってたことだ」 「そうじゃない。本当に付き合うって言うのは……」  僕は説明を諦めた。 「質問を変える。どんな子が好き?」 「世界平和を望んでる奴だ」 「望んでない奴はなかなかいない。もう少し具体的に教えてくれないか。女子のどんな仕草にドキドキする? 髪をかき上げたり、とか」 「斧を振り上げられたらドキドキする」 「好きな服装は? パンツかスカートか」 「いくらなんでもパンツ一丁じゃ捕まっちまう。俺はパンツ一丁で逮捕されない奴が好きだ」 「好きな髪型は? ショートかロングかセミロングか」 「セミ……。長いあいだ頭にセミを付けてんの? 個性炸裂させやがって。俺は長いあいだ頭にセミを付けていない奴が好きだ」 「優しい娘が好き?」 「セミの匂いがしない娘が好きだ」 「優しい娘が好き?」 「当然だ。空襲警報が鳴ったらさりげなく防空頭巾を貸してくれるような奴がいい」 「……さっきから、なにを言ってる」 「え? お前……頭大丈夫? 空襲警報が鳴ったら防空壕へ一直線だろう。そのとき防空頭巾をノールックパスしてくれたらバスケ経験者かな、とか――」 「だああああああああっ!」  僕は叫んだ。 「ふざけるな! いい加減にしろ!」 「なにを怒ってんだ。お前は例えて言うとあれだ。『怒りっぽい人』だ」 「例えろ! もういい! うんざりだ! 僕は好きな女のタイプを教えろって言ってるだけだぞ! それだけなんだぞ!」 「世界平和を望んでる女が良いって言ってんだろう」  僕は脱力して倒れ込むよう椅子に座り直した。 「ループだ」 「プールか。最近、行ってない。瀧廉太郎は?」 「僕も行ってない」 「今度行くか? おいおい、さすがに今は寒い。夏を待て。せっかちな音楽家だ。テンポの速い曲ばっかり作ってんじゃねえぞ」  ……そうだ。デート。 「林道君、どこか行きたい場所はある?」  ――僕は羽倉に言った。 「アイススケートです」 「……アイス、スケート」  彼女は慎重に鸚鵡返しした。 「テレビでフィギュアスケートを観て俺も回転しておいた方がいいんじゃないか、という気分になったらしいです。意味は分かりませんが。ちなみに彼は滑ったことがないみたいですけど」 「私もないよ」
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