第三章

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「ま?」羽倉は眉根を寄せる。「ま……マントヒヒ」 「引っ込み思案」 「ん……ん……って、やめようよ、しりとり」 「りんご」 「ごりら。やめようよ」 「四」 「ん……ん……って、林道君。アイススケート行かない?」 「いいぜ」 「ぜ……ぜ……ゼウス」 「睡眠」 「ん……ん……。林道君。しりとり弱いね」 「猫じゃらし」 「シマウマ。いいの? 本当に……その……デ……デ、デー」 「デザインパーマ」 「麻酔」 「いつ行くんだ?」 「だっふんだ。明日。ごめん、急だよね」 「寝過ごしそうだ」 「駄目。ちゃんと来て。私の……」  羽倉は視線を自分の足元にやり、消え入りそうな声で語を次いだ。 「彼氏でしょう」  林道は面倒臭そうにアクビをした。 「うるせえな。お前の都合で付き合ってることにしてるだけだろう?」 「うん。分かってる。でも……」 『林道君と一緒に行きたいよ』  僕の胸中、羽倉の切実な想いが広がる。 「モモンガ。いいぜ。丁度トリプルアクセルを決めておきたいと思ってたんだ」 「だ……だ……」  羽倉は片足で地面をいじりながら、ふて腐れるように言った。 「大好き」 「キリン」 「ん……ん……。だ……」 『大好き』  彼女が胸裏で必死に伝えようとしている言葉は何度も何度も真っ直ぐ、僕に届いた。この声を林道に聞かせてやりたい。 「だいぶ寒くなってきた。用は済んだろ? もう帰るぜ?」 「ぜ……絶対、来てよ。明日、午前10時、駅の噴水前で待ち合わせね」  林道は背を向け、「寝過ごす可能性は高い。行けるとは思うが俺の眠気次第だからこればっかりは分からん」  羽倉に軽く手を振った。  体育館裏にひとり、取り残された羽倉は立ち尽くすよう彼の去っていく後ろ姿をいつまでも見詰めていた。  林道の姿が見えなくなったのを確認して、僕は物陰から出て羽倉に声をかけた。 「大丈夫ですか」 「海洋深層水」 「僕としりとりしなくて大丈夫ですよ」 「酔い止め薬。……あ、そっか。……私……うまく、言えたのかな」  羽倉の手足は小刻みに震えていた。 「うまく、伝えられたのかな。デート、来てくれるかな。私……私……」  泣き出してしまいそうなほど彼女の声は弱々しかった。 『どうして林道君はデートを受けちゃうんだろう。私のこと、なんとも思ってないくせに。それなに私は一体なにを喜んでるんだろう。どうして林道君はあんなにしりとりが弱いんだろう』
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