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そのとき頭に奇妙な光景が浮かんだ。
――体育館裏。今いるこの場所だった。地面は乾いていて雪はない。セミの声が聞こえる。木々は濃い緑色の葉を豊かに蓄えていた。
好きです。ひとりの女子生徒がひとりの男子生徒に言った。
は? なにが? 彼のその冷たい一言が彼女の勇気を粉々にした。誤魔化すよう彼女は笑顔を作った。
好きですって……よく男子から言われるんだよね、私。……告白を断るの面倒だから、あなたと私が付き合ってるってことにしてくれないかな。
彼は返答もせず彼女を置き去りにして歩き出した。けれど半分振り返り、言った。
いいぜ。付き合ってやるよ。
その、彼の横顔がまぶしかった。なんとか関係を深めたくて、でも相手にしてもらえなくて、どうしてこんな人を好きになってしまったのか自分が理解できなくて、それでも好きで。
「……鳴原君? どうしたの?」
羽倉の声にはっとした。寒空の下、雪の残る体育館裏に冷たい風が吹きつけていた。頭を占領していた光景は消えていた。
「すみません。……デートに誘うなんて……余計な提案でしたか」
羽倉は双眸を閉じて風に乱れた前髪を整えた。
「私の気持ち、鳴原君にばれちゃったね」
『分かってた。いい加減、私はこの恋を終わらせなきゃいけない』
彼女の虚しい決意が僕の胸中に広がる。
そのとき肩を叩かれた。振り返ると凛橋里乃伽がそよ風にもふらついてしまいそうなほど頼りなく突っ立っていた。相変わらずマスクをしていて、その胸に1枚の手紙を抱きしめていた。
『頑張るんや、私』
今度は里乃伽の地声らしき声が聞こえたかと思うと彼女はその手紙を僕に差し出した。僕はおずおずと受け取り、彼女の顔を見た。里乃伽も一瞬だけ僕を見たが一言も発さず走り去った。
「今の、凛橋先輩だよね。相変わらず美人だったね。マスクしてたけど風邪でも引いてるのかな。っていうか、なに?」
羽倉は僕の持つ手紙を指さした。
「それってもしかしてラブレター的なその、あれなの?」
「……いや」
「読んでみてよ」
羽倉に催促され、僕は封筒を開いて便箋に目を落とした。そこには、『私と付き合ってください』とだけ書かれていた。性懲りもなくよくこんな芸当が出来るものだ。
「どう? ラブレターだった?」
僕は見なかったことにするように手紙を封筒に戻した。
「……別に」
「んん?」
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