第三章

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 羽倉は僕の手からさっと手紙を奪い、勝手に読んだ。そして揃えた両手を頬において嬉しそうに瞳を輝かせた。 「鳴原君、すごいね。あんな美人から告白されるなんて超ラッキーじゃん」 「僕は彼女のこと、なんとも……」 「付き合ってみればいいじゃん。もったいないよ」  先ほどの涙はどこへ行ったのか羽倉はいいことを思いついたように眉を上げ、くるりと一回転して元気よく胸の前で手を合わせた。 「そうだ! ダブルデートしようよ」  彼女がそう言うと、既に立ち去ったと思っていた里乃伽が体育館裏にひょっこり顔を出し、『構いません』と書いたメモ帳を突き出した。         ※  目をつむる。脳裏に浮かんだのは『10時間43分』。凛橋里乃伽の言っていたことが本当なら今日が僕の命日となる。自分の死ぬ日に里乃伽と顔を合わせなければならないのは億劫だったが2人をくっつける使命を果たしたかった。  待ち合わせ時間の10分前、僕は駅の噴水前に到着した。 「本当に……来てくれるのかな。林道君」  待ち合わせ場所には僕より先に羽倉がいた。ファーコートから覗く首もとのネックレスは上品でショートパンツからすらりと伸びる黒のタイツがスタイルの良さを際立たせ、且つ清楚な雰囲気を漂わせている。 「ごめんね、私の思いつきに付き合わせちゃって。でも……鳴原君はどうして私と林道君をくっつけようとしてくれてるの?」 「……いえ」  答えに窮していると羽倉は腕時計を見た。 「そろそろ時間だね。……もし林道君が来なかったら凛橋先輩と2人でデートしてね」  僕は曖昧に頷いた。 「彼女も来ないかもしれません」 「2人とも来なかったら、私たちでデートしようか」  羽倉は悪戯っぽく笑った。僕も笑っておく。それもいいかもしれない。 「残念。そうはならなかったね」  そう言う彼女の視線の先を追う。駅の改札口から里乃伽が歩いてくるのが見えた。小さな顔に大きなマスクをしている。ほっそりした身体にピーコートを羽織りプリーツスカートとニーハイブーツの間に白い太股を微かにさらし、長い髪を風になびかせ姿勢正しく颯爽と歩く。 「なんかモデルみたい。並んで歩くのやだな」  憧れるよう羽倉が呟く。彼女がそれほど見劣りするとは思えなかったが言わずにおいた。  里乃伽は僕らを見つけると悠然と手をあげ、『遅れてごめんなさい』と書いたメモ帳を出した。 「待ってませんよ」
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