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「じ、実はその、ネットで知り合った人間に金を騙し取られたんだ」
「なんですかそれ」
「信じてもらえないのは重々承知だ、だが頼む、あいつらの居場所も全部分かってて、あと一息なんだ、手を貸してくれ!」
ボクは二の句も告げなかった。自分は被害者のはずなのに、その演技とは思えない命を絞るような言い方に、少しだけ同情してしまった。よくみると拭ききれていない鼻血のあと、頬のあざ、切り傷が痛々しかった。のろのろと顔を上げてこちらの様子をうかがっている。謝罪もないこの男を信用するのも変な話だった。けれどその八の字に下がった眉と口と潤んだ瞳、それらに不釣り合いなほど高々とした鼻のせいで、捨てられた子犬を目の前にしているような変な錯覚を覚えてしまうのだった。
「分かりました」
ボクは横隔膜のところからため息が漏れるのを隠しきれない。彼は顔をぱあっと明るくして、「あ、ありがとう!!」と手をとる。
「いたた……ちょ、ちょっと待ってください、まず、詳しい事情を聞かせてください。それからボクだけじゃ力不足なので」
「人手まで増やしてくれるのか!?」
「聞いてみるだけですからっ、大声上げないで」
「わ、分かった……」
今度はしゅんとしてしまう。このどうしようもなさが、かえってさっきの話を本当かも知れないと思わせるのだろうか。勝手に話し始めた身の上話に耳を傾けながら、ボクは知っている限りの連絡先を当たる。
「――それからだ、“アフター”なんて甘言に惑わされて……」
「まさか、誘われてそれを信じたんですか」
「だって話し方は可愛いし、友達と撮った写真とかくれて……服装の相談までされたんだぞ」
「あー、そうですか……」
返事の早い人たちからすぐに「怪しいからヤダ」という言葉をもらい、ついでに話を聞くうちに、この案件はけっこう深刻なものなんだという事が分かってきた。
今の世の中、簡単に誰とでもコミュニケーションが取れるせいで、ちょっと立ち止まって考えることも難しくなっているのだろうか。男の人はみたところ30代半ばといったところでしっかりしていそうなのに、もう何度目かになる「失敗した」のもれ出る言葉が、こっちまで背中を重たくさせるようだった。
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