第1章

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麻痺していた心が、恐怖を取り戻す。 さっきまでは、どうにでもなれ、みたいな自暴自棄のようなきもちだったけど、目の前であんな悲惨なものを見せられては、恐怖せずにはいられない。 死にたくない! 『やだ…やめてよ!こっちにこないでよ!!』 あたしは、喉をいためるような悲鳴で、拒絶する。 それでも、血にぬれた研究者はあたしに近づいてくる。 そして、その手が、あたしの腕を―――…… 掴むことはなかった。 研究者が後ろゆっくりと倒れていく。 ほかの人たちも「ぐぎぃ」などと声をあげながら、崩れていた。 なにがどうしたの? 理解できず、あたりに視線をさまよわせていると、一人の男性の姿が見えた。 ぼさぼさの黒い髪。鋭い目つき黒い瞳。長身で少しがっちりした体型。 年齢は二十歳前後なのに、どこか覚めているような悲しい色をもつ男の人。 その人の手には銃が握られていて、どうやらそれでこの人たちを撃ち殺したようだ。 銃をしまいながら、彼はあたしに近づいてくる。 『あ、あなたは?』 「ん?……ああ、ロシア語か。日本語、わかるか?……ハーフでも流石に話せないか」 困ったような顔で、そう説得するようなつぶやくような言葉を言った。 日本語?日本人? あたしは、お母さんが日本人なので、家族ではある程度、日本語で話すことがありどうにか理解できた。 「すこしなら、しゃべれます」 「善かった。少しアクセントが可笑しい気もするが……まあ、問題ない。俺は、蛇之道狡。未恋・イヴァーノヴナ・ヴォルコフだな?君を助けに来た」 「あたしを……助けに……?」 その言葉が、あたしの心を凍らせていたもの全てを溶かしてくれた。 家族以外の誰にも手をさしのべられたことが無いため、とても嬉しくて幸せで、恐怖が安心と喜びに変わっていった。 「うっ……」 思わず、涙があふれてくる。 「もう、大丈夫だ」 彼は、しゃがむと、あたしの涙をその手で拭って、頭にぽんと手を置いてくれた。 牢屋の直ぐ近くにかけてあった分厚いコートをあたしに羽織らせて、 「立てるか?」 「はい、立て―――……つっ!」 あたしは、両足に力をこめて立ち上がろうとしましたが、怪我から来る激痛で、よろけてジャノミチさんに倒れ掛かってしまう。 「……すまない。俺につかまっていろ」 そう言うと、ジャノミチさんはあたしを左肩に背負った。 「え、ちょ……?」 この体勢はちょっと恥ずかしいよ……!
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