1章

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 2050年、日本では宇宙工学技術が進歩し、その技術は他国より頭一つ抜きん出ていた。単独での有人月面探査を成功させた日本は、次に火星への有人航行を目指していた。  未知の世界である宇宙に憧れて、飛田裕也と小林麗華は宇宙飛行士としてJASA――JAXAから派生して新設された宇宙開発の研究機関――で働いている。  二人は火星へ向かうロケットの宇宙飛行士候補として名前が上がっていた。  JASA府中航空宇宙センターの南東に位置する宇宙第7実験棟。その8FにあるB会議室。  50人は収容可能なこの会議室には二人の声だけが響いている。  二人はここへ呼びだされていたが、呼び出した人物は現れずに時間を持て余して雑談を交わしていた。 「最近JASA内でたびたび書類がなくなるんですよね」  そう切り出したのは飛田より3年遅れで宇宙飛行士となり、彼の後輩にあたる小林麗華だ。  彼女がそんな話題を振ったのはJASA内で書類や開発中のロケットのパーツがなくなる現象がしばしば見受けられたからだ。このことが特に問題にならなかったのは、なくなったと思った物が別の場所で見つかり、よくあるしまい忘れや置き忘れと捉えられていたためだ。 「ああ、俺のところでもあったよ。今回は重要書類だったから大変だったんだ。そういえば昨日のニュースでもアメリカ政府で重要機密書類が消えたとか騒いでいたな」 「まさか透明人間の仕業だったりしませんよね? 誰かが建物の中に隠れてたりして」 「はは、透明人間のスパイでも潜入しているっていうのか? 確かに透明人間でもなければ、ここの厳重な警備網はくぐれないけどな」  そんなとりとめのない話を冗談交じりでしていたが、やがて話題は本題である火星の有人探査に移っていった。 「それで、室長が言うには秘密裏に火星を調査する方法があるというんだ」  待ちくたびれている飛田は椅子の背もたれに寄りかかって、退屈そうに伸びをしながら目の前の小林に言った。  飛田裕也は日本人初の有人月面探査に宇宙飛行士として参加していた人物である。初めて月の地を踏んだ日本人として話題になり、国内で彼のことを知らない者はいない。
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