1章

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 飛田はその技術の高さを瞬時に察して、驚愕の声を上げた。これまで光は波と粒子の中間体であるとされており、光粒子理論はごく最近提唱されたものだった。それがすでに実学のレベルまで昇華されていることに飛田は驚いた。 「そう、これは日本のある民間会社が極秘裏に開発を進めている物体透過技術なんだ。戦争や風呂覗きに悪用される恐れがあるため、秘匿性が極めて高い案件だ。まだ欠点も残っているが十分実用化が可能までに開発が進んでいる」  風呂覗きに反応して、飛田と小林は苦笑しながら顔を見合わせる。 「まさか室長はこの技術を使って火星の有人探査を行おうと考えているとか?」 「そのまさか、だよ」 「本当に実用可能なんですか?」  首を傾げながら飛田が尋ねた。 「さっきも言ったが、欠点がある。光粒子に対して高エネルギーを加えるのだが、そのために小規模の核融合炉が必要だ。人間用の場合、これが240Kgにもなるんだな。これをしょっていないといけない。高出力の電池のようなものだから、持続時間も制限される」 「火星の重力だと体感で80Kgといったところでしょうか。宇宙服の筋力補助機能を使えば問題じゃないですよ。それより持続時間が気になります。どのくらいですか?」 「人間で15分、ロケット側はもう少し大きな融合炉を装備できるから30分といったところだ」 「その時間内にアメリカやロシアに見つからないように火星の有人探査をしてしまおうということですね」 「ああ、こっそり火星に足をつけ、既成事実を作ってしまうわけだ。今回は君たち二人に宇宙飛行士としてこの任務を実行してもらいたいのだよ」  二人はこれを聞いて少し考えこんだ。 「何しろ核融合炉を背負っていくわけだ。君たちにも大きなリスクがかかることになる。即断してくれなくて結構だ。十分に考えて結論を出して欲しい」  それを聞いてすぐに顔を上げて答えたのは小林だった。 「いえ室長、即断させていただきます。火星への初めての一歩は私の夢でもあります。ガガーリンやアームストロングと並ぶ偉業になるわけですから。私の名前を歴史に残したいです」 「まいったな、俺も火星に最初の一歩を刻みたいよ」  一歩遅れた飛田が苦笑する。 「じゃあ、先輩。いっしょに火星に降り立ちましょうよ。せーの、で。抜け駆けなしですよ」  小林はそう言うと無邪気な笑顔を飛田に向けた。
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