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母は変になってしまったと真奈美は感じた。
その通りだ。可愛い娘を失い、唯一の頼りだった旦那の姿を頭の中で作り出し、そこに存在させてしまっている。
その日を境に、真奈美は、母が見えない旦那と腕を組んで歩く姿を目にしたらしく、母に内緒で行きつけの医師の元へ行ったが、取り合ってはくれなかった。
さらにそれから時間は流れ、真奈美は社会人となった。就職とはうまくいかず、進路は決まらない中、卒業してからまた数か月後にパートとしてスーパーに雇われた。
それでも構わないと当時は思った。幻覚を見る母を置いてはいけないと思っていたからである。
だが母の症状は悪化の一途を辿っていた。
食事だけはちゃんとしている事だけが何よりの救いだったが、ある日家に帰れば母は自身のお腹を擦っていた。
「お父さん、今蹴った」
真奈美には何を言っているのか分からなかった。
「お母さん」何度も呼んでも、真奈美の声は届かない。
「名前どうしようか」
「え、まゆみ。なんか微妙じゃない。あ、まなみの方が、まなみ、ま、なみ。なみの方がいいじゃない。奈美にしましょうよ。ね柔らかくて、可愛いわ」
母は正面のコーヒーを相手に説得する。
それから母に真奈美の声は通らなくなった。母に真奈美は見えなくなったのだ。まるで透明人間にでもなったかのように。
その夜。母は唐突に倒れ込み、唸り始めた。
身体を擦っても母は何も感じていないかのように転げまわり「生まれる」と痩せた腹を擦るのだ。
真奈美は救急車を呼び、母は病院に搬送された。あの医師の元だったが、それはすぐに家に戻されてしまった。
妊娠などしているはずもないのだから当然である。その代わり、医師から2人分の精神安定剤を貰った。正直、意味が分からなかったのは真奈美である。
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