第1章

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 次の日、母は安心したように身体に何かを抱いていた。 そこには何もいない。それを母は奈美と呼び、時折その姿をビデオに録ると言い出せば、床を必死に追いかけるようにビデオを取る。  また次の日になれば、保育園に連絡し、入学の手続きを始めた。  勿論断られたが、もう旦那に育児を任せ、母は在宅の仕事を熟し養育費を稼ぐようになった。 また少しの時間が流れれば「子供が育つのは早いのね」と大きくなった奈美に新しいランドセルを買ってきた時には、その面倒の尻拭いをする真奈美は母を引っ叩いてみたが、それを母はまるで気にもしない様子で見えもしない奈美を抱きかかえる。  真奈美の声も痛みも届かなかった事に、真奈美は自身の存在すら疑った。  さらに朝になれば、母は奈美を小学校に登校させるため、小学校まで一人で手を引いて歩いた。  その間、真奈美はグラタンに餌を与えた後、ランドセルを自室に隠し、ランドセルが忘れ物ではなく、ちゃんと持って行ったと思わせるように尽力した。  そんな日々がかれこれ3年近く続いた。そして土曜日、真奈美が仕事から帰り、グラタンを檻の中に帰そうと思ったとき、中をごそごそと動き回る何かが居る事に気が付く。  それは白い毛並みのハムスター。  そっくりだが、真奈美の手に持つグラタンとは似ても似つかないほど、気持ちの悪いハムスターである。きっとそれは奈美の為に母がプレゼントしてくれたものに違いはない。  その時真奈美の中にある何かの感情が崩れた。 「言ったじゃない」  次の日の朝。 母が奈美を起こそうと部屋に入った時。叫び声を上げた。 「どうしたのお母さん」 いち早く起きていた真奈美は言う。それも冷たく。 「奈美。奈美」見えもしない奈美を探しているようだが、母は空中を抱きしめ撫でまわしはじめた。  真奈美はより一層冷たくなる。 「ハムスターは複数で飼うのはダメなんだよ。喧嘩するからって言ったじゃない」  身体を裂かれ血に塗れたそれは喧嘩しグラタンが勝ったという事は真奈美だけが理解していた。どちらにせよ、真奈美の言葉は届かない。  真奈美はその時叫ぶ母を見てふと周囲を見て思った。 その考えの元、真奈美は動いた。  そこに奈美が見えているのなら、殺せばどうなるだろう。あの本棚を動かせば、自分の事はどう見えているのだろう。否が応でも自分を見てくれるのではないだろうか。思った。
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