第1章

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 数年前、まだ真奈美が小学生の低学年の時。ふとした油断からグラタンは檻から逃げ出した。 母が帰ってきた時には娘が檻をひっくり返し泣きながら探し回る姿を目にしたらしい。 「どうしたの」と聞けば「逃げたの」とだけ答え、概ねの状況を掴んだ。その後は二人で探したが、それは見つからない。  だが数週間としないうちに娘の機嫌は元に戻った。  結局グラタンは出た来ることはなく、母はどこかで元気にしていると思い出す度に言う。  真奈美は自室にある机の引き出しから1枚の写真を取り出し、その写真を今は亡き父親の仏壇に飾ってはくれないだろうかと頼んだ。もう生きてはいないだろうと踏んだからか母は頷いた。  檻は押し入れの奥にしまい込み、真奈美はまだ名残惜しそうだったが、もう生き物を飼おうとはしなくなったそうだ。  だがある日の深夜、真奈美はテストの為勉学に勤しんでいた。 すると背後からごそごそと音が聞こえてきたという。  正体は母だ。トイレに起きるということはよくある話ではあるが、今日はなにか行動、足音がおかしい。  ベッドが軋む音が長く続き、流石の真奈美も違和感に感じると小声で「お母さん」と呼ぶが答えがない。  戸を開けようかと手を掛けた瞬間、どんという大きな音が聞こえた。驚いた。 だから勢いよく戸を開けた。  真っ暗な部屋の中、母の影は角でしゃがみ何かを見つめていた。 「なにしているの」と聞いても、寝起きだからか返事はない。 だがそれは寝起きとは別に意識の矛先が違うからである。  母は嬉しそうだった。「やっと寝られる」と。 どういう意味かは分からない。だが何かに安堵したことのみ、真奈美には分かる。  母は起き上がれば、一度電気を付けた。  母の頭は起きる。そして自身がした事態を把握した。真奈美もまた、見覚えのある白い毛並みの生き物はつい数週間前までは動き可愛がっていた存在。それは横たわっている。口から這い出る赤い物体は、きっと内臓だということは母のみ理解した。  母は考えた。真奈美が起きないように声を上げてはならぬ。驚きは心の中に秘め、真奈美に見つからぬよう、確実に目に見えない場所に処分しなければならない。  真奈美もまた考えた。  こんな風景をドラマで見た気がする。  母が夫を殺し、その風景を娘が見る。その後娘も、殺された。 その娘はとっさに声を上げた。「お母さん」  母はその娘を見た。
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