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次の日―――
儂は一番鶏もまだ鳴かぬ夜明け前に、こっそり家から抜け出した。
そのまま村の氏神様のお社で源兵衛達と合流し、足音を殺して山へと出発しただ。
行ったのは儂を入れて六人だったかのう。
「やはり太郎作は帰らなんだか?」
「あっちで泊めてもらっただろうっておっ母が……」
兄ぃは前の日の朝から、山向こうに嫁いだ姉ちゃんの家に行って夜も帰ってこなんだんじゃ。
その三日ほど前に、姉ちゃんにややこが産まれてたんじゃが、儂や妹達がおったで、兄ぃがおっ母の代わりに荷を持って行ってただ。
昼間は暑うて暑うて堪らんが、明け方は暗く嘘のようにひんやりとしておった。
そんな静けさの中を、源兵衛を始めとした若い衆が鍋やら鉈やらを持ち、逸る気持ちを抑え歩いていく。
儂は何をすればええのかわからんまま、腰の鎌をもう一度見てから必死についていった。
「鍋なんて何をするだ?」
「ああ……根流ししよう思うてな」
“根流し”は川の中に毒のようなものを撒いて、浮いた魚を獲るっちゅう漁法じゃったが、兄ぃは『魚を根こそぎ浮かすんだ。オラはあんまし好かん』と言っていた。
「兄ぃは根流しを嫌うていた」
「太郎作は頭がかてぇんだ。クソがつく真面目者じゃからな」
みんなはそんなことを言って笑うた。
儂も兄ぃは好きじゃったが、亡くなったおっ父に代わりあれやこれやと口うるさいところは煩わしく思うておったからの。
『そうなんじゃ。兄ぃは……』と皆に合わせて言うておった。
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