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『よかろう……此度は五人じゃ。我の子を産み増やせ』
女はするすると着ていた着物を足下へと落とし、男の胸に頬を寄せ体を擦り付けた。
そんな女を満足そうに見下ろすと、男は儂の方を見た。
『根流しに来たことは許せんが、おまえは女体化しておった我を助けようとした。此度は見逃してやろう。ただし、ここでのことは誰にも言ってはならん』
縄が知らぬうちに解かれ、儂の体は自由になった。
『さあ、行け』
「だ……だども…」
ぐったりとした源兵衛や助けを求める若い衆の目が、儂の体を動けなくしておった。
『我の気が変わらぬうちに、早々にここを立ち去れ!二度とこの淵に近寄るでないわ!』
男の目が光り、その体に無数の金色に光る鱗が表れたんじゃ。
声も出せずにおる儂に背を向け、男は源兵衛を軽々と淵に投げ入れた。
それと同時に、激しく水を鳴らし無数の黒光りする“何か”が源兵衛に群がっていったんじゃ。
もう儂は恐ろしゅうて恐ろしゅうて、転がるようにその場を立ち去った。
いや、逃げ出したんじゃな。
どこをどう走ったのかわからんが、兄ぃの話だと氏神様のお社の前で儂は倒れていて、七日七晩熱にうなされておったそうじゃ。
淵に投げ入れられた源兵衛も、残してきた若い衆も、あの後どうなったのかは儂も知らぬ。
儂がうなされておる間、帰ってこぬ源兵衛達を『探しに行こう』と言うた者もおったらしい。
じゃが、普段の口ぶりから『ここの暮らしに嫌気がさして、皆で村から出ていったんじゃろ』と諦めたそうじゃ。
兄ぃは熱の下がった儂に、何度も彼らのことを訊ねてきた。
「いったい何があったんじゃ?あいつらはどこに行ったんじゃ?」
「知らん!オラは何も知らん!」
じゃが儂はそう言うて兄ぃから逃げ続けた。
やがて儂も庄屋様の口利きで、村外れのこの家に婿として入ったんじゃ。
兄ぃから逃げることができ、儂はやっと心休まる気がした。
子も生まれ、孫も生まれ……
もう儂には思い残すことはないと思うておった。
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