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「お主が来るまではのう……」
じっ様は顔を上げ、目の前の白い着物を着た若い娘を見た―――
「あの五人はどうしただ?」
『我が子達の糧に……我は脳と心の臓を食ろうたが、後は雌の餌となった。骨は……今も淵深く沈んでおる。他の愚かな人間と一緒にな』
冷たく細い目が、じっ様を射るように見ている。
「何故、ここへ来たんじゃ?」
『じっ様が望んでおるから来てやった。もう長くないと死期を悟ったのであろう』
「なるほどのう……」
『だからこそ、我に今の話をしたのであろう……あの約束を破ってまで、あんな人間どもに償いたかったか?』
娘は音もなく立ち上がった。
「のう……お主はいったい何者なのじゃ?」
『龍になるために昇ってきた、あの淵の主じゃ』
「やはりそうか……見たかったのう、お主の真の姿を…」
じっ様もゆっくりと立ち上がった。
『くくく……可笑しなことを言う。我の姿を見たいなら、淵の底からいくらでも見れるわ』
「それは楽しみなことじゃ……」
それっきり、じっ様を見た者は誰もおらん。
息子達が野良仕事から帰った時には、誰もおらん家ん中で、囲炉裏の中の薪が小さな炎を上げて弾けた音をたてたところじゃったそうな。
「ええか。天昇りの滝には近づいてはなんねえだぞ。あそこには滝を昇る前の主がいる。下手に近づこうものなら……主である金色の鯉に食われちまうぞ」
□完□
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