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跡取り
だってお兄ちゃんは跡取りだから。
子供の頃から散々聞かされたその言葉。
その一言で、いつも俺は兄貴と差別されてきた。
とんでもなく冷遇される…とかではない。というか、それすらなかった。
大事なのは兄貴一人。俺はいてもいなくてもどうでもいい。
口にはしないが、両親の態度がそう告げていた。そして親が言わない分、親戚連中が代わりにそれを口にした。
跡取り。子供の頃はその言葉が、俺にとっての諦めの呪文だった。でも、育って知恵がつけば、色んな理不尽さが判るようになる。
うちはどこかの名家とかじゃない。父親は普通のサラリーマンで、母親はパート勤め。不自由してる訳じゃないが、特別金持ちでもない。親戚連中だって同様だ。
あそこまで跡取り様とちやほやされる程、何を継ぐものがあるというのか。
そう考えるようになった頃から親への反発心が募り、俺は進路を遠くの大学に決め、高校を卒業した後は家に寄り付かなくなった。
そうやって、親とも兄貴とも疎遠な状態になって数年…実家からふいの連絡が入った。
兄貴が結婚することになったから、相手家族と顔合わせをするので、一度帰って来いというのだ。
面倒だったが、めでたいことだから一度くらいはいいかと、俺は久々の帰省を果たした。
兄貴のお相手家族との対面はつつがなく終り、相手さんを見送った後、俺は放置されていた自分の部屋に引っ込んだ。
懐かしさも何もない。この家で俺は、今でもどうでもいい人間なんだな。
多分、次にこの家を訪ねるのは、両親どちらかの葬式の時だろう。
そんなことを考えながら、うつらうつらとまどろみかけた時だった。
全身を凄まじい寒気が襲い、俺は閉じていた目を開けた。
…傍らに女がいた。じっと俺を見ている。
直感で、相手がこの世のものでないと判った。
霊感なんてない。今までに幽霊なんてものを見たことはない。なのにいきなりどうして?
戸惑いと恐怖で凍りつく俺の顔を女が覗き込む。
その声が頭に響いた。
『おまえじゃない。私はおまえのものじゃない。おまえは私のものじゃない。私は跡取り様のもの。おまえじゃない。おまえじゃあない』
女の姿が消えるのと、俺の意識がなくなるのは同時だった。
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