ハリノムシロ

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 体は固まったまま、手だけが震えてしまう。  すると突然、右から誰かの手がスッと伸びてきて、楽譜のある箇所を指し示してくれた。  そこは、めくるタイミングの3小節前!  さらに、指揮に合わせて2小節前を指すと、その手はまたスッと引いていった。  俺はすかさず指揮を凝視。  (1小節前…2、3、ココだ!)  練習通り、いつものタイミングでページをめくることができたはず。  左をうかがったが、森先輩は普段と変わらない表情で演奏を続けている。  (間違ってない、よな……?)  不安にかられた俺の耳に、小さくドラが鳴る音が聴こえた。  このドラのタイミングで繰り返しの音型がようやく変化していく。  (良かった、合ってた!)  胸を撫で下ろし、そっと振り返る。  視線の先にいたのは、パーカッションのパートリーダー、青山美月先輩。  ドラの振動を止めていた青山先輩は、ゆっくり体を起こすと、静かな足取りでティンパニーの位置に戻って行く。  その際、表情を変えずにチラリと俺のほうを見てくれた。  (やっぱり、さっきのは青山先輩!)  あの時、俺のそばまで移動できたのは青山先輩だけだ。  それにしても、なんという絶妙なフォロー! さすがはパートリーダーと言うべきか。  それに比べて、俺のなんと情けないことか。あのミスの後、しばらく出番がなかったのは不幸中の幸いだった。  (あのミスは……)  原因は角度だ。左右のシンバルの角度が平行に揃ってしまったために、間に空気が挟み込まれ、まるで吸盤のようにくっついてしまった。  すぐに外れるものの、一瞬のくっつきで響きは消えてしまう。  練習ではよくあるミスなのだが、最近はずっと失敗なしだった。だからこそ油断していたのかもしれない。  ……たくさん練習した。飽きるほど、うんざりするほどに練習してきた。  オーケストラのプロ奏者が指導してくれる講習会にも行ったし、吹奏楽部のOBがやって来てたっぷりしごかれたこともあった。  練習のし過ぎで腕の疲労がひどく、箸が握れないこともあったりした。  そんな努力を無駄にしたくない。あんな情けない音で終わるなんてイヤだ。  (俺の人生、たった14年で終わりにしてたまるか!)  そう気合いを込めて拳を握った俺は……まずいことに気がついた。
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