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3年後。
「千世」
「賢吾さん」
ぴしり、と枝が踏み折れる音がして、振り返った。そこには、後からゆっくり登ってきた夫、賢吾さんの姿があった。その肩には、3歳を過ぎたばかりの千沙斗が足をぶらぶらさせるようにして乗っている。
「千世、早いよ。……って、すごく、いいところだね」
「ママ、早いよ」
「……ごめんね」
曖昧に笑う。
前は、もっといいところだった。
「これ、は。チキサニ」
ふと賢吾さんが眉をひそめて、大木だった名残のハルニレに目を留める。チキサニ、とすぐにハルニレを呼べる辺り、やはりこの地域の民だったという血を感じる。
宇梶賢吾。
私は不思議な縁で、寝台列車で出会った年下の宇梶さんと夫婦になった。驚いたのは、いつのまにか私を好きになっていたという出産後の宇梶さんの告白と、そして彼自身のルーツが二風谷にあるということだった。
「すごい。樹齢何千年、という域だね、きっと」
「とてもキレイだった」
「そうだろうね……」
もう大の大人の背丈ほどになってしまったハルニレに触れて、賢吾さんがふわりと優しく微笑む。
その姿はまるで、最後に見たカムイの姿を思い起こさせた。
不思議なことはそれだけじゃなかった。ひどくカムイに似ているのだ。仕草や話し方、風貌さえ一瞬重なるように見えた。
私には千沙斗がいる。そのことに気兼ねしていた私を押し切った賢吾さんとお試しでつき合い始めた時、それに気づいてひどく動揺した。
でも彼は言ってくれたのだ。
旦那の代わりでもいい、少しでも可能性があるならと。
「生命力の強かったチキサニなんだろう」
「そんなこと、分かるの?」
「これでも血には抗えないから」
微笑んだ賢吾さんがこちらを向く。
その瞬間、聴こえた気がした。
「千世」
愛しい、今も忘れ得ぬカムイの声が。
泣きそうになって思わず俯く。その様子に、賢吾さんが心配そうに近づいてきて髪に触れる。
「辛い?」
ここでどんなことがあったか、賢吾さんはすべて知っている。それを知った上で私を受け入れてくれていた。その力強い腕があたたかくて、思わず涙をこぼした。その涙に、賢吾さんがさらに強く抱き寄せてくれる。
肩口の千沙斗がきゅっと私を心配して頭を抱え込んでくれた。
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