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が、次の瞬間、その身体が氷のように膠着し、けれど年老いた眼だけが鋭く光を放った。
「誰だ?」
背後の気配に、振り向きもせずに老婆のしゃがれた声が訊いた。
いや、既に数十センチの所にまで迫っていたその気配の方が、老婆に振り向くことを許さなかったのだ。
「そんなモノで何をする気だ?」
低い声の主は、無論、老婆の後をついて来た警備員だが、彼は老婆の質問には答えず、また、自ら老婆に投げ掛けた問いへの答えも待たずに、ただ自分のペースで続けた。
「どうやら、ただの清掃員の婆さんではなさそうだな」
これに対し、老婆はしかめっ面をしていた。
警備員に背後をとられた事に焦った表情、と言うよりは、自分の企てに余計な手間が増えた時の、そんな面倒臭そうな表情だ。
それでも老婆は行動に出た。
宣戦布告もなしに、振り向くことすらせずに、だからドリルの槍を自分の脇を通して、背後の警備員に突き付けたのだ。
ドリルの槍は、警備員の胴を突いた。
いや、正しくは胴のあった所を、その宙だけを突いた。
何とも目を見張る反射神経、並びに瞬発力!
警備員は、一ミリの予備動作も無かった老婆からの攻撃を、けれど予め予測していたとでも言うのか、こちらも予備動作なしに、後ろ飛びに三メートルも飛び退いて、難無くドリルの槍を避けたのだ。
ただ、その隙に老婆はクルリと身を反転させていて、これによって二人は、初めて正面で向き合った。
すると老婆は、今の警備員の身のこなしを見て、こんな事を言った。
「忍びか?」
まさか二十一世紀のこの時代に、忍者など存在するであろうか、しかし、老婆の顔は至って真剣である。
「何処の飼い犬だ?」
警備員の方は、この質問にも答える気がないようで、また自分のペースで言った。
「婆さん、本気で俺とやる気か?」
言いながら、何処から出したのか、いつの間にか右手に握っていた数個の小さな粒を、老婆に目掛けて投げ付けている。
これは四方八方に鋭く突起した鉄の塊、その昔、正しく忍者が武器として使っていたマキビシである。
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