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一度に四粒飛んで来たマキビシに対し、老婆は白髪を振るいながら二メートルも宙高く飛び跳ねて、これをかわした。
その機敏な動きたるや、リスでも見ているようだが、さっき警備員のことを忍者かと言った彼女もまた超人的、少なくとも七十過ぎの老婆の跳躍力ではない。
ところが、警備員には少しも驚いた様子がなかった。初めから老婆がただの清掃員ではないと分かっていた彼だから、それも当然なのかも知れないが、しかしその表情には余裕すら感じられる。
しかも彼は、老婆が宙から着地するより先に、もう一度、四粒のマキビシを飛ばしている。
だが、老婆はこれも避けた。今度は横っ飛びに、なんと一気に四メートルも移動したではないか。
「クソッ・・・」
これには、警備員の顔から余裕が消え、更に一転、そこには険しささえ宿った。
「年寄りをナメると、痛い目に遭うよ」
対照的に、してやったりの顔をしている老婆は、今の移動で太陽を背負って立っている。
則ち、次の瞬間、ドリルの槍を構え直してピョンと軽快に跳ね上がった老婆の姿が、眩しい太陽の中に溶けて消え、警備員には見えていない。
勘を頼りに、三度マキビシを投げながら、同時に老婆の槍から逃れるべく、地を蹴ろうとした警備員は、けれどその刹那、ドンと腹を殴られた感覚を覚え、それと共に、グサッと言う血生臭い音を聞いた。
この手応えに、老婆はギュッと手首を回し、その手に握るドリルの槍を、警備員の腹部の更に奥深くまで、グリグリとねじ込む・・・。
それでいて、警備員はニッと満足げな笑みを浮かべた。
自分の胴を完全に貫いた槍を握る老婆が、けれど片目を閉じ、その閉じられた左目尻から、ツーッと一筋の血液が流れ落ちたのを見たのだ。
どうやら警備員が投じたマキビシもまた、その一粒が老婆の目に傷を負わせたらしい。
しかし、老婆の方も、怯んだ顔はしていない。
それどころか、頬を伝って落ちてきた血の筋を、長い舌を出してベロリと舐めると、しゃがれた声で言う。
「死ぬ前に答えろ。お前の飼い主は誰だ?」
警備員は、腹に穴を空けているとは思えない、落ち着き払った目つきで、ただ老婆を見ているだけである。
これに対し、老婆は自信ありげに続けた。
「口を閉じたまま死ねると思うでないぞ」
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