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息を整え、胸の高鳴りを落ち着かせてようやく、少女に気が回った。
きっと、あの子も恐がっているはずだ。
だが、僕の心配は的外れだった。少女はにこやかに大型犬を見つめていた。
そうかい。びびっているのは俺だけかい。
顔を引きつらせながら苦笑して犬の動向を見つめなおす。
犬は無邪気に飛び跳ねていた。何がそんなに嬉しいのか分からないが、犬の動きは止まる気配がなく、公園を動き回っていた。思わず僕は犬に近づくなと念力を送った。
二匹は無意識の内に少女がいる位置へと近づいていく。
少女は動じることなく、犬を見ていた。
犬が、少女を気にする様子はなかった。そのまま、じゃれあい続けて、花壇に入ってしまった。
侵入する直前、少女は咄嗟にダメと小さく言ってみるが、犬は止まらなかった。
吠えたり、走ったりして花を踏みつぶしていく。
僕は少女の悲しそうな目を見ながら、犬に憤慨していた。だが、犬の行動を止める勇気までにはならなかった。
「ジュペール、ロージー」
女性の声がした。
女性は公園沿いの道から犬を見かけると、ゆっくりと公園内に入ってきた。
犬に向かってしつけをするように言う。
「ジュペール。ロージー。探したじゃない」
犬の飼い主のようだ。変な名前、と僕は呟いた。
中年の女性が犬を撫でると、二匹の犬は寄り添うように身体を近づける。
撫で終わると女性は初めてそこに女の子がいることに気づいた。
僕は、リードをつけない飼い主を睨みつけた。花を潰し、少女の心を傷つけた黒幕である。精一杯眉間に皺を寄せる。
距離からして僕の表情は分からないだろうけど。
中年女性が少女に言葉をかけた。
「大丈夫よ。このワンちゃんたちは噛まないから。ちょっと元気が良いだけ、しつけはちゃんとしてるわ。安心して」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。
少女は呆然と女性を見上げた。
軟弱者代表の僕もさすがにモノを申さなければならないのだろうと思った。
僕は立ち上がった。颯爽とブレザーを羽織る。
だが、少女の行動に怒りの感情を削がれてしまう。
少女は屈託のない笑顔を向け、犬を撫でだした。そこに恨みや悪意は微塵にもなかった。
僕からすれば奇妙で仕方なかった。
女性は声色を変え、犬に指示をして歩かせる。そして少女に、じゃあねと言って手を振った。
少女もさよならと言って手を振る。
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